File.8-6 ページ6
「んなもん着たら、重くて動きづれぇだろ」
抱えている腕を離してしまおうかと思ったが、ワイヤーで繋いだんだったと思い出して、深々と溜息を吐き出すに留める。
「撃たれた衝撃で気飛ばしてた癖に」
不貞腐れた様に口を尖らせる青年に悪態を飛ばしながら、高層ビルを抜いて右に身体を傾ける。更に頬を膨らませ始めた彼が胸ポケットから取り出した青い宝石は、如何見ても本物のサファイア。遠目に見た、彼が男に放った宝石は事前に造っておいた模造品か何かなのだろう。
「青い恩人に感謝しつつ、野蛮な組織に恩返しに行かないとね」
「恩返し、って...場所分かんのかよ」
されるが儘抱えられて都会の夜を飛ぶ彼の、然も何気無さそうな声に、此方を振り返って見上げる紫掛かった碧の双眸へ、眼鏡越しに首を傾げる。
「イミテーションに発信機位付けてるんでしょ?」
彼が手にしている本物の輝きにも何やらプレゼントが付けられている様だけど。ばさりと大きく羽搏いた拍子に高度が上がり、眼下の喧騒が更に遠ざかる中、小さく「へいへい、分かりましたよ...」と零す辺り本当に臍を曲げてしまっているらしい。
「...、.....」
受信機を取り出して位置を確認する彼の手元を盗み見て、地図に映る光源を元に進路を変える。
近くのビルか何処かに降ろしたら直ぐに帰ろう、と決意して夜空を急ぐ。彼等の失脚や失態に興味はあるが、今回は彼に任せてしまえば良い。それに今夜は幼馴染の誕生日。そんな日に厄介事が降り掛かってくるとは、殊更機嫌も傾くというもの。
「...」
何方かが何かを言い始める事の無い儘、更に数分。
眼前に見えてきた高層ビルの手前でワイヤーのフックを外し、真下に見えた屋上目掛けて手を離す。驚くでも無く数mの距離を難無く着地した彼がローブを脱ぐ様子を横目にしながら、ひらりと旋回して経路を戻す。
見送りも激励も無い儘、一度大きく羽搏かせた翼は羽根を散らしながら、白い影から遠ざけていく。
思う事が無い訳では無いが、扨如何したものか。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時