File.8-5 ページ5
電話を掛けた翌日には直ぐ様接触してくる、とは。
男という生きものは本当にせっかちだ。
キッドに向かい合う男が持っている拳銃は先ず間違いなく本物で、正面から彼を脅しているとすると、相当切羽詰まっているか将亦彼を始末出来るという確信があるのか。
便利過ぎる眼鏡を持ってしても、この距離と暗さでは会話も聞き取れない上に口の動きも追う事は不可能。まあ、何れにせよ和やかな世間話では無いのは間違いない。
キッドが男へ青い光を放るのと、男がキッドへ向けていた銃口から鋭い音が鳴るのは瞬間的。
夜を割く音に次いで、白い影が傾ぐ。
ふわりと舞ったマントは翼となる事無く、白い彼を包む様に中空を羽搏きながら地上数十mを落下していく。そんな彼を最後まで見送る事無く踵を返した黒い影達を横目に、眼鏡の望遠を切って助走と共に夜風に身を投げた。
白い天使の其とは違う、夜に溶ける様な漆黒の翼を開けば、純黒の羽根が散って眼下に消えていく。
舞う四枚翼を羽搏かせて真っ直ぐに落下していく白い人影に、黒いローブを掛けながら抱え込む。シルクハットを外してフードを被せ、間違っても落とさない様にベルトにワイヤーとフックを引っ掛けている間も、白い誰かさんは微動だにしない。
「おっも...」
意識の無い人間は何故重く感じるのか、なんて。均衡や重心や抱え易さという理論があるらしいが、健全な高校生男子の腹部だけに腕を回して空を飛ぶ女子高生、なんて前例が幾つあるかも分からない事例では、どれだけ重く感じるかなんて比較のしようも無い。
そんな事より、だ。
回した腕の感覚。体温は勿論変わらずあるが、あると思っていたものが無い様な気がして。
風を撃つ翼でビルの間を抜けながら、ローブで隠した中の白いジャケットから手を滑り込ませる。青のドレスシャツを撫でた指先は、硬い何かでは無く細い腰に触れて、
「.....きゃー、へんたーい」
棒読みの悲鳴を誘った。
目覚めた先の空中浮遊に驚いて騒ぎ出さない辺り、運んでいる側としては有難いが「ってえ...」なんて、狙撃されたとは思えないテンション感で文句を言って胸元を探る彼に、苦情が無い訳では無い。
「彼奴ら何なんだよ、容赦なく撃ってきやがって...」
「だから防弾ベスト着て行け、って言ったでしょ」
変態扱い覚悟で触った身体には、そんなもの無かった。
だと言うのにこうして生きているのだから、最早溜息しか出ない。
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作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年2月11日 1時
