File.10-9 ページ36
するりと頬を撫でた手はあたたかく、男性の其かと思う程靱やか。細く長い指は柔らかくて傷ひとつ無い。
「お前、こういうのだけは下手くそだからな」
「.....知ってるなら気遣ってくれないと、壊れちゃうかもよ」
頬に触れる手の平へ首を傾けて寄れば、一層眉を下げた快斗が反対側の頬へ吻を触れさせてくる。揺れる毛先はふわふわと遊び、頬を擽ってくる其に竦めた首を分かっているのか、頬から頚へと口付が降りていく。
「快斗、擽ったい」
悪戯に触れてくる吻の感覚に身動いで、寄せられる身体に手を添えるが、言われた通りに離れる訳も無く腕が回ってくる所為でバランスが崩れる儘に任せて座面に背が付いた。
西洋古美術の雰囲気に、整然とした本棚、店内に漂う酒香。
制服と、そうで無い高校生同士。
「...あ、あの.....」
何処か浮世離れした倒錯的な視覚情報に、息が詰まる。
肩から滑り落ちたカーディガンと僅かに捲れた青い裾を気にするより、覆い被さる様に座面へ手を付き見下ろしてくる真面目な表情に思わず改まった口調が衝いて出た。
「カリナンより大事にするって話、前にしたよな」
「は、はい...」
今となっては随分昔の様な気がする遣り取りは、冗談という訳では無かったけれど其処まで真剣で真面目な話という事では無かったのに。
「手袋付けたりセームで拭いたり、大事に仕舞ってばっかで大切な宝石が泣いちまうなら...普段から身に付けた方が良いだろ?」
真っ直ぐに降ってくる視線と、飾られているのに遠慮も無く突き刺ってくる言葉が、染み込んでくる様な不思議な感覚。心が痛い、なんて如何言う比喩なんだろうと思っていたのに、それが喩えでは無いと気付くなんて。
ふわりと体温が上がった気がしたが、一口流した琥珀色の所為だと言い聞かせて、数十分前の洋酒へ責任を押し付ける。
小さく頷いた其を合図にした様に近付く体温に誘われて、瞼を落とす。気配だけでも分かるほど後数cmに迫った温癒に、息を止めて。
「黒羽様はノンアルコールで宜しかったですか?」
欠片も気配の無い儘、甘ったるい声が間近で響いた。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時