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File.10-5 ページ32

押し付けられたバングルを一先ずポケットへ仕舞いながら、深々と吐き出した溜息を小説に吸わせて背凭れへ身体を預ける。



「そりゃあ可愛いお姫様を迎えに来たに決まってんでしょーが」



「...胡散臭」



腕を組み大袈裟に何度も頷いて見せる赤い泥棒に、思わず本音が零れる。如何せこの男の事だ。何かを企んでいるか、誰かに買われたか、何か狙っているかのどれかだが、何れにしても碌な事にはならない。数年も行動を共にせずとも分かり切った事。態とらしく、思ってもいない癖に「相変わらずつれねぇの」なんて口を尖らせてくるのが余計に気味が悪い。



「その気色悪さに免じて話くらい聞いてあげても良いけど」



最早内容に興味すら持たれていない哀れな本を閉じて、ソファの肘掛けに頬杖を付く。油断する心算も何も無いが、幾ら警戒したところで彼に掛かればこの首など何時でも吹き飛ぶのだから気を張るだけ無駄だ。



ちらり、と一瞬流れた視線が何処を見たかなんて予想は付くが、彼がそれだけで済ませるのなら私が何か行動に移す事は無い。



「だーからー、日本にトンズラこいた大事な右腕を連れ戻しに来た、ってさっきから言ってんだけどなぁ」



「右腕、じゃなくて便利な手足の間違いじゃない?」



膝に乗せた本の厚表紙を手遊びに撫でつつ、呆れたというより不貞腐れたに近い不機嫌顔を晒す彼を特に感情も無く見遣る。何処かの公女様の身代わりで見ず知らずの男との結婚式に出させられたり、奇妙なカルト軍団の囮にされたり、執拗い日本人警部の盾にされたりと散々な扱いに今更怒る気にもなれないが、弾除けが欲しいなら素直にそう言えば良いものを。



「可愛い妹に、そんなひでぇ事思う訳ねえだろ...?」



出た、この咋に真面目な雰囲気。なんて直接は言わないが、取り敢えず妹と呼ばれる筋合いは無い上に、今までの酷い事は棚に上げるらしい様子に、責める気にもなれない。



「.....男って、みんなそうなの?」



吐き出した溜息は本日何度目かも分からない。



唐突に始まった問い掛けへ訝し気に首を傾げつつ眉を寄せた彼は、何処までを聞いてやって来たのやら。



「ショーケースで大事にされてる内は硝子に張り付いてまで飽きもせず見詰めてる癖に、自分のポケットに入った瞬間からコンビニのレシート位にしか興味も無くなって。その癖、落としたら這いつくばってでも自販機の下に手を伸ばす」



釣った魚に餌はやらない、とは良く言ったものだ。






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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時

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