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File.10-4 ページ31

店主不在の儘、暫く。



手にしている本も半分程だろうという頃、斜め前の一人用ソファに気配も無く座る人影。



長い脚はグレーのスリムパンツに覆われ、僅かに持ち上げた視線から見えるジャケットは鮮やかな赤。相変わらずのヘンリー・プールの下に着られた黒のワイシャツはシャルベの黒。座った拍子に揺れて流れたネクタイは曇りの無い黄色。



捲った紙が前の頁と重なるより早く、テーブルに置かれたグラスに入れられたのは葡萄ひと房。オーバルカット、というよりに球形に整えられたアヤナスピネルに、純金の茎と蔓と葉が目を引く美術品。房の下をサングリアグラスに突っ込んだ所為で溢れた赤いワインは、勿論グラスに入りきらずキラキラと輝くスピネルを引き立ててすらいる。



「それ、洗ってるの?」



知った展開の文字を追いながら口を開いて「ベタベタ触った宝石じゃないでしょうね」なんて念を押せば、返るのは肩を揺らした笑い声。



「とびっきり上物のアヤナに見向きもしないのはアンタ位だぜ、子うさぎちゃん?」



「だって、手垢が付いた宝石入りのお酒なんて美味しくないもん」



ぺらりと捲った頁に踊る新しい文字を見遣りながらグラスへと手を伸ばしかけ、サングリアが揺れる其を通り過ぎて、ブランデーが注がれたグラスを手に取る。アイスボールと戯れる琥珀色の其を緩く回して馴染ませ傾ければ、グラスとアイスボールが当たる涼やかな音が店内に小さく響いた。



「それで?賄賂まで出して何がお望みなのかしら、ルパン」



喉を滑っていく酒香の二口目の為に口許へと寄せたグラスは、視界の隅で泥棒に攫われて手から消える。突然重さを失った左手に握らされた冷たい感触に目を向ければ、金色のバングルが二つ。ハワイアン彫りが施された3cm程の厚めの其は、開閉式のオーバルタイプ。内側に何やらセンサー盤とスイッチ、厚みを持たせてある幅部分に切れ込みと射出口が付いているのが気になるが、それよりも柄だ。



ハワイアン彫りには、一つひとつ意味がある。



プルメリアとハイビスカス、マイレリーフというハワイアン装飾に何処か恐怖すら感じるが「ソイツは兄貴からの土産だかんな」と付け足された言葉を信じるなら、まあ良い。彼からの贈り物でないならこの模様でも危機感は無いが、とは言え彼が兄の御遣いだけで此処まで足を運ぶ訳が無い。



「だから、何しに来たの...って聞いてるんだけど」



この男、本当に苦手かも知れない。






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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時

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