File.9-17 ページ26
ひゅっ、と鳴った喉に気付かれた訳では無い。
飽く迄も一般人を粧うに当たって、態々気配を消すだなんて事しないから。だから彼が此方を向いただけ。
人混みを良い事に、視線が重なる前に横切る人影を利用して目線を切った。夜風に揺れる黒髪を纏め上げてキャスケットを被りながら、僅かに身を屈めて足早に駅前広場を抜け出す。
何で、逃げてるんだろう。
そんな惘した思考の答え等出ない儘、速足で人の波を掻き分けて進む。群衆だった彼等の声を聞きつつ目の端に入った煌びやかな光彩に視線を向け、その澄んだ硝子を凝視めようと月明かりに翳している女性に目が止まり、
「...げ、」
その女性を追って背後に回った視線が、人混みを避けながらチャクチと此方に近付いてくる高校生と重なった。
「あ、おい!」
「すみません、通してくださーい」
絡んだ視線を一瞬で切り捨て、軽々しく周囲へ声を掛けながら人の波を縫っていく。キャスケットの上からパーカーのフードを被り、脚を速めつつ背の高い通行人に被る様に移動して左へ曲がる。背後の彼から視線が外れた一瞬の内に細路地へと入り、黒のワンピースへと服を替えてキャスケットを脱いで薄茶色のボブへとウィッグを付け直した。
振り返った視界の先に青年の姿はなく、薄暗い路地が広がるだけ。ふと見上げた其処にも人影は見当たらない。
駆けながら一歩踏み出した先の大通り。
通行人も殆ど居ない歩道を右へ曲がった瞬間、タイミングを見計らったかの様に角先から飛び出して来たその人物に思わず「ひっ...!」なんて引き攣った声が漏れて一歩後退する。が、それより早く、眼前に立ちはだかった快斗が腕を掴んできた所為で距離が詰まった。
「おい、どーいうつもりだよ」
「...あ、いや.....人違いでは、ないでしょーかー...」
なるほど、追われるだけでは無くて追い掛ける方にも才能があったとは恐れ入る。
勿論本域では無いにしろ、追い付くどころか追い越されるとは正直驚いた。いつの間にか黒のワイシャツに灰色のカーディガン、濃いジーンズ姿という、先程までの服装を様変わりさせている彼は咋な不機嫌な表情を隠す心算も無く、歩道脇に寄る様に数歩分を詰めてくる。その所為で押されて数歩を下がり、後退る儘壁に背が着いた。
「A」
「は、はい...何でしょう.....」
不機嫌、というより真顔に近い其に僅か頬が引き攣る。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年2月11日 1時