File.6-7 ページ33
「は...?」
得体の知れない泥棒から、突然もう一人の幼馴染の父親の名前が飛び出たなら、先ず間違いなく間の抜けた声が出るだろう。
例に漏れず細かい思考を放り出した様な表情を晒す名探偵へ「鈴木史郎氏が会長になる前の事です」と助走を付けながら、真珠を受け取らない彼へ変わらずに差し出しながら苦笑を漏らす。
「誰が盗みを働いたのかは分かりません。然し、本物と見分けの付かない精巧な偽物を製作出来る誰かが彼女を攫い、名を変えて売り捌いたのでしょう」
装飾と名称を変えてしまえば気付かれ難い。なんと言っても本物の真珠、と思われている精巧な贋作は盗まれる事無く家宝であり続けているのだから。実際に紛失しているのとは訳が違う。人々は、鈴木財閥に現存しているものが真逆手元にあるなんて考えたりはしない。似ている別の宝石、だと思っていても真珠である事は間違い無いのだから疑われにくい。
私も、昔小さい頃に鈴木園子に家宝だと真珠を見せて貰わなければ、知らぬ儘だったに違いない。よく見なければ偽物だと気付けない程に作られた贋作の黄昏と、間違い無く本物の漆黒は記憶に刻まれてきた。
「彼女は長きを経て、様々な人の手に渡り...今こうして貴方様の目の前に」
鈴木財閥、の名のお陰か、漸く手を出してくれた名探偵の掌に真珠を乗せる。数歩下がってみても彼は手にある真珠を見詰めていて、数歩の距離を追ってくる様子は無い。
「然しながら、お恥ずかしい事に彼女の旅路を振り返る時間が無く...彼女の行く末をホームズさんに御願い出来れば幸いです」
数十年前に盗まれた、と言っても鈴木財閥に強盗が立ち入ったが結局何も盗まれなかった、となっている事件だ。それに宝石がすり替えられている、と言っているのは世間で言うところの犯罪者。そして現在の持ち主は盗品とは知らず所有しているに過ぎない。
彼女が鈴木財閥の家宝へと返り咲くには、証拠と時間が必要だ。
「.....調べてやるが、期待はすんなよ」
渋々、というよりは疑心暗鬼と言った方が正しい表情をしながら、渡された真珠をハンカチで包む彼に了承の意味を込めて微笑を返し、塔の柵壁へ飛び乗る。
彼の優しさは誰にでも向けられるらしい。
「またお逢い出来る日を、心よりお待ちしております」
柔く微笑んだ儘身体を反転させながら、漆黒の中空へ身を躍らせる。
眼下の警官達を尻目に広げた純白は、幾枚かの羽根を散らしながら暗闇に咲いた。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月27日 11時