File.5-9 ページ22
抱えたウサギの縫いぐるみは白く、テディベア程度の大きさを持つ。一見ただの荷物でしかないが、時と場合によって様々な役割を全うしてくれる綿の塊は見た目も可愛く赤眼で耳の大きなウサギ。
「確かに女性詞を用いるのが適切でしょうが...かの有名な怪盗紳士の生みの親と、彼女の『純白』を掛けた言葉遊びなのだとか」
ルブランはてっきりle blancかと思っていたが、Maurice Leblancをも兼ねていたとは知らなかった。スカートを履いていても男性詞で呼ばれ続けている不服が少しは解決したが、かといってだったら男性名で構わないという話でも無い。
背後の扉の五月蝿さに流される事無く、視線すら寄越さない探偵は「それに」と付け足しながら私が抱えるウサギへと視線を落とす。
「彼女を『Lapin』と呼ぶ方々もいますが、lapineでない理由はご存知ですか?」
「...さあ?」
制服姿の儘のキッドからポスターケースを受け取り、軽い其を背に斜め掛けにする。ガタガタと軋み始めた扉もそろそろ限界を迎えそうで怪しい。
理由等、知らない訳は無いが「生憎僕は存じ上げ無いのですが」と零す彼へ教えて遣る義理も理由も無い。ちらりと時計へ視線を向けたキッドが後ろから腕を回してくる其に、身体を反転させて抱き着く。というより此からの事を考えるとしがみつく、が正しいかも知れない。警官姿というのが中々に違和感が多いが仕方無い。
「彼が何を仰ってるか、理解出来ました?」
卸し立てらしく硬い制服に頬を擦り寄せながら問い掛けてみれば、空いた右手で軽く頭を撫でてくるキッドが「いいえ」と苦笑してみせる。ルブランだかラパンだか知らないが、今の私は彼が探す彼女では無いし、彼女が表舞台に上がる必要性は此処一年感じていない。
「私もさっぱり。頭が痛くなる前に御暇しましょう」
さっぱり、な筈は無いが頭が痛くなりそうなのは事実。態とらしく不貞腐れてみせて回した両腕に力を込めれば、小さく柔らかい笑みを零した彼が額に吻を押し当ててくる。相変わらずこの怪盗紳士は気障ったらしいが、意外と素でもしてきそうな仕草ではあるのだから手に負えない。
そんな中、常日頃落ち着いた雰囲気の高校生探偵が口を開く。
「逃亡の前にひとつ伺いたい...貴方は何故盗むのですか?何の為に」
これは私では無く、キッドへの問い。
そして彼は、
「それを探すのが君の仕事じゃあ無いのかな」
数年前の私と同じ事を言う。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月27日 11時