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File.4-13 ページ13

日本に限らず、他国の一般世間と密に関わって来た訳では無いから、世の中で言うところのバレンタインデーの重要性は定かでは無いけど。小泉紅子が正しいか如何かは扨置き、女の子が準備したチョコレートを断ったという事実自体は、あまり宜しくない。



もう少し行事ごとに興味持ったら?



そう言おうと思った声が白い息と共に飛び出すより早く。



「渡したいやつ、って誰だよ」



手が出ない様に合わせていた腕を引かれて、組んでいた手が解ける。空いた袖口から吹き込んでくる冬の香りが指先を撫でていく中、見上げた眸の深く鮮やかな色が雪の夜に映えて、宝石の様に。



「...なに、急に」



真っ直ぐな視線に僅かな不機嫌さを感じるが、とは言え私が後ろめたさを覚える様な事はひとつも無い。寧ろ唐突に何を言い出すのかすら分かっていない所為で、首を傾げるしかない。



「渡したいやつがいる、って言ってたじゃねえか」



寒空の下、早く帰りたい気分でしか無かったのに、不機嫌さの中に何か違う色を見た気がして。それが何かは分からないけど、不思議な感覚がふわりと満たしてくる様なあたたかい何か。好きな人に告白されたとか愛情を向けられたとか、そう言う時に人間は暖かい気持ちになる、らしい。だけど彼が今差し出してきたこれは愛の告白でも熱情でも無くて、小さな怒気と不愉快そうな表情。



「.....いるよ、渡したい人」



相手が怒っているのに、不謹慎なのかも知れないけど。



被っているフードの端を引いて深く覆いながら、背伸びした先の不貞腐れている頬に冷えた吻を押し付ける。



年に一度の愛に満たされた行事。一体何時使うんだと思っていた、妖艶な悪女直伝の色業のひとつやふたつ、試してみても悪くないかも知れない。それに、ふわりと掠めた何処か居心地の良いような悪いような不思議な感覚に流されてしまわないように、悪戯に笑ってみせて。



「チョコレートより甘いでしょ?」



すっかり冷えた頬へ僅かに血色を戻しながら呆然とした彼の薄い吻へ指先を押し当て、それを其の儘自分の口元に返して小さくリップ音を添えておく。



一層見開かれた綺麗な双眸を置いて、帰路へと足音を響かせる。



どうせこのまま女子生徒からのチョコレートを取りに家に来るのだろうから、彼を置いて行く意味は大して無いのだけど。






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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月27日 11時

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