File.3-13 ページ44
ふわりと階段から香るのは、柔らかい薔薇の其。
各段の端に散らされた薔薇の花弁は造花だと言うのに、この通路だけは香水を吹き付けているかの様に薔薇が香っている。
「おいおい、まじかよ...」
一般家庭を思わせる一軒家から現れる様なものでは無い光景に、流石に引く。私は小さい頃から知っていたから何とも思わなくなったが、海外で生活している間に祖母が色々と改良していたらしく、帰国直後は矢張り引き攣るものがあった。
「表に出せない資金の使い道が此処に集まってるみたい」
怖ず怖ずと地下への階段を降る彼に着いて、一緒に下っていく。背後で回転して閉まった壁の向こうで、自動巻きに時計の針が回っていく音を微かに聞きながら彼に持たせていたマグカップを受け取る。
「快斗、後で指紋ちょうだい」
更新に更新を重ねて今となっては祖母や兄でさえ、立ち入りを許してはいない。別に入られて困るものは無いが、良いように使われるのも癪に障る。パソコンやらスマートフォンやら勝手に触られると困るものもあることだし、苦情の連絡が来た事も無いので一先ず其の儘にしてあるのだが、今回ばかりは新しい住人の追加作業が必要だ。
階段下の扉、縦式のドアハンドルを握れば重々しい電子錠の音が鳴る。こう見えてシェルター顔負けの鉄扉を思い切り引いて、本日三度目の「どうぞ」を口にして仕事仲間を室内へ迎え入れれば、最早驚く気も無いのか彼から溜息が零れた。
「部屋っつうかホテルだな」
「何だったかな、何処かのインペリアルエリアを参考に、とか。...あ、お風呂入るなら使ってね」
そう言えば私だけ湯上りで申し訳無かったかと、ソファに座ってココアを啜りながら目を向けるが、物珍しいのか「キッチンまであんのかよ」と室内を物色している彼から返事が来る事は無い。一通り落ち着いて日曜日の作戦を練るまで、あとどれ位掛かる事やら。
取り敢えずパソコンを立ち上げて、ネット上に転がる怪盗キッドの手口を調べて行く。どの記事も言うのは、大胆不敵で鮮やかな手口と目を引く奇術は魔法の様に美しく。
そんな事は、十三年前から知ってる。
直接聞きたいのに、当の本人は一室程度あるウォークインクローゼットに消えて以降、未だに戻ってくる気配は無い。女のクローゼットに籠るとは、流石女子更衣室を覗き見してみたりスカートの中を覗き込むだけはある。
彼が天下の怪盗キッドなのだから、世の中不思議なものだ。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時