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電話越しに『え...』なんて漏れる声を聴きながら、壁掛けのテレビを付ける。消音に設定した画面ではニュースを放送しているが、大々的に予告状を出した訳では無さそうで怪盗キッドを取り上げたものはない。
「いや、折れてはいたんだろうけど...歩いたり跳んだり出来る位には治ってるかも知れないでしょ?」
手術をしたのか保存で見てるのか、其処辺りは全く分からないがその事件に突破口を見付けるなら、主人の脚。「担当したお医者さんに聞いてみれば?」なんて何気無く言ってみるが、其処は警察に頼む事になるだろう。幾ら有名な高校生探偵とは言え、守秘義務を無視して病院が情報開示する訳も無い。
『なるほど、見た目はフェイク...だとするとやっぱり.....』
スマートフォン片手にすっかり自分の思考に沈み始めた彼に溜息を零すも、その音すら聞こえないらしく変わらぬ独り言が呟かれ続けている。
「しんいちー、もう良い?お風呂入りたいんだけど」
今からその予定は無いが、一番手っ取り早く通話を切る言い訳を引き合いに出せば、途切れた独り言の合間に『あ、悪い...』と小さな謝罪が返る。人間として絶対的に悪人では無いし、頭脳明晰で知識も豊富で運動神経も抜群。それなのに、というより、それだけの才能があるからこそ、他者を気遣って思い遣る部分が少しばかり足りてない。
先日も、蘭ちゃんと出掛けた最中に見掛けた偽造ナンバーの車を追い掛けて行った、という突然蘭ちゃん置去り事件の話を彼女から聞いたばかりだ。
『サンキュー蛍、じゃあまたな』
「はーい、またね新ちゃん」
変装の練習、と放り込まれた保育園から一緒だった工藤新一は、特に怪しむ事も無く六年過ごしてきた。幼い喉では数多の声色を操る事等難しく、月城蛍も地声と何ら変わらないが、今となっては分からない位に少しずつ変えていっても良かったかなとは思う。
切ったスマートフォンを眼鏡同様に床へ放り、本格的にクッションを抱き締めて目を閉じる。
何も隠さず話が出来たら、屹度楽しいだろうな。
そう思ったのはこれで何百回目だろう。あの知識と好奇心の塊が、真っ直ぐぶつかって来たら面白いだろうに、実に残念な程人生の歩みが違い過ぎる。
いや、あの真っ直ぐで澄んだ瞳が此方を向く方法がひとつだけ。敵意に塗れた正しさを突き刺すあの視線が此方に向くように、彼の興味を唆る餌は何が良いだろう。
久々に面白い事が起きる予感。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時