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毎朝頼んでも無いのに、なんて言い方は失礼極まりないが、取り敢えずお願いした訳でも無いのに朝食を作りにくるこの男が如何言う心算なのかは分からないし、何なら特に何も考えていないのかも知れないけれど。
贔屓目無しに、女の子から好かれる質の男子。
それなのに彼女の一人や二人も居ないとは、おかしな話だ。そうなってくると途端に彼の将来が心配だが、結婚やら子どもが人生の幸せだとは一概に言えないので其処は彼の自由。私の周りにいた男が総じて女性にふしだらなだけであって、世の中には黒羽盗一や工藤優作という紳士的で一途な殿方も存在しているのだから。
「そう言えば今日仕事だっけ?」
すっかり空いた平皿をキッチンへ運びながら、先に洗いものを片付けていた彼へ声を掛ける。近頃めっきり精力的に怪盗活動に勤しむ彼の犯罪遂行頻度は概ね週に一回から二回。平日休日関係無く予告状を叩き付ける彼の目下の計画は、黒羽盗一を殺害した悪党を誘き出そう大作戦なので致し方無いのだが。
「ああ、今新宿でやってる中世宝物展の『天使の王冠』をな」
「ティアラなら付けてみたいけど、王冠かぁ...」
彼がビッグジュエルに狙いを定めるのは何時になるやら。まあ、私が教えても良いのだけど、正直なところ彼が何方に転ぶタイプか分からない。人の手を借りず自分自身で辿り着きたいのか、人から聞いてでも目的達成を優先するのか。今までの言動や行動から十中八九後者だが、こと父親の謎に関しては人に頼るのを嫌うかも知れない。
「やっぱ、そーいうの身に付けたい、って思うもんか?」
シンクに置いた皿を何も言わず洗ってくれる快斗の手から、洗い終わった皿を受け取っては拭いていく。隣から投げられた、彼にとっては素朴な疑問を聞きつつ、彼が女の子から咋な好意を寄せられない一端を見た気がして苦笑が漏れる。
どうやら彼には、女心の理解が足りていないらしい。
「豪華な装飾品が好きなんじゃなくて、好きな人から付けてもらうアクセサリーが良いんでしょ」
たとえ盗品でも、好きな相手にティアラを載せてもらう状況など、普通に生きていれば今後一切存在しないだろう。盗んだものだとか別人の所有物だとか、そういう倫理観は元より足りていないのだ。幾ら一般感情に疎い私でも、ティアラを戴く、という状況に憧れくらいある。
「今度盗むならティアラね」
「おいおい...」
私も、彼を紳士に磨かなければならないらしい。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時