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「私が花染Aでいられる時間に、嘘吐きたくないから」
だから自分に正直に、包み隠さずに生きていたい。家族と黒羽一家と居る時だけは自分が自分で居られる。他人や架空の人物に成り済ましてばかりで自分を見失ってしまいそうでも、彼等が居れば私は私で居られるから。そんな思考も、今となっては兄と千影さん、快斗位のものであって、兄なんて滅多に会わないし何処で何をしているんだか。
「だから、照れ隠しも可愛げも無いけど...許してね」
思わず出た苦笑の奥。深い事考えずに恥ずかしがって尻込みするでもなく直球でものを言う、と評価した彼に、女の子らしくなくて嫌われるかな。なんて見え隠れした何かの顔から目を背けて、再びミルクティーへ手を伸ばす。少し驚いた様な、何かを哀しんでいる様な不思議な表情の彼から視線を外せば、ティーカップの中で揺れる紅茶に小さく吐息が溶けた。
今日は学校休もうかな、なんて考えながら傾けたティーカップは、
「んじゃあ、Aはオレだけが知ってる原石だな」
先程までとは打って変わって真っ直ぐな笑顔を浮かべる快斗に連れ去られ、空いた両手へとマグカップが渡される。
「カリナンより大事にしてくれるなら、盗まれてあげても良いけど」
差し出されたマグカップを受け取り、半分程残っていたココアに口を付ける。程良く熱の逃げたココアはミルクティーより甘く、朝の穏やかさを際立たせて一層眠気すら誘ってくるよう。そもそも何故こんな朝を迎えるに至ったかを考えても仕方無いのだけど、私だけでは無くて彼も中々直球で強引で図々しい。
「ばぁか、んな石と比べてんじゃねーよ」
日本のカップルはこれが普通。と言われて丸め込まれたが、多分普通じゃない。私が一般常識やら一般的思考に鈍いからと言って、知識としては知っているのだから、日本の高校生カップルが毎朝同じ家で朝食を共にするのが一般的でない事は分かっているけれど。
「なら、まだカットされてない原石でも宝石箱に仕舞ってくれる?」
私が羞恥と困惑を持って拒絶するタイプではないと知っているからこそ、堂々と境界を踏み越えてくる。それが丁度良く心地好い距離感で、私自身困っていないのが数日の悩みだ。
「もちろん」
星の数程ある顔も声も、自分を隠す為の仮面であり模造品。
模倣石で隠した原石が貴方の手で磨かれて宝石になった時。その宝石が欠けていなければ、ずっと宝石箱に入れていてくれるだろうか。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時