File.3-2 ページ33
人の世話を焼きながら楽しそうに笑う彼に促されて、手を合わせる。未だ醒めない頭を小さく下げて「いただきます」と呟けば、後から快斗の明るい声が着いてくる。
一口切り分けて頬張った朝食は、生地の甘みとバターの塩気が丁度良く、生地に染み込んだシロップの甘さと風味が広がって、寝起きの朝だと言うのに食欲を呼び起こしてくる。犯罪的で天才的な料理の才能、と言っても差し支え無さそうだと間抜けな思考を繰り広げながら、残った眠気を吐き出すように一息。
「どうしよ、美味しい...困る」
「お褒めに預かり光栄です、姫君」
雰囲気は高校生の儘なのに、口調と声のトーンが気障な泥棒の其で寝惚けた頭が混乱する。頭を空っぽにして見ていれば、怪盗キッドに惚れ込む女性達の気持ちが分からなくもない、かも知れない。が、柔らかい笑みから覗く無邪気な双眸の方が好きだと思ってしまうのだから。
「.....キッドより快斗の方が良い」
私に女心は理解出来ないのかも知れない。
二口、三口と食べ進めたホットケーキへフォークとナイフを置いてミルクティーへと手を伸ばす。何方も同じ黒羽快斗である事に違いはないのだが、違うな。というより何かが違う、というか。勿論、怪盗キッドが嫌いだなんて訳では無いのだけど。
ねえ、快斗とキッドって何が違うの？なんて。本人ですら分からないだろう話を押し付けてみようと上げた視線の先。半ば呆然と丸い眸を更に丸く見開いて、ココアを飲もうとしたのか驚愕のあまりか、開いた口はマグカップが届く前で静止している男子高校生。
「.....、...なに」
絡んでいる筈の視線は、此方の疑問と其方の不可解な其を共有する事無く一方通行らしく、暫しの間を置いて彼から盛大な溜息を引き出しただけ。思い切り吐き出した嘆息はマグカップの中に溶け、彼の心情が混ざったココアは其の儘快斗の喉を通って消えていく。
「オメー、思った事そのまま言うタイプだよな」
テーブルへ戻されたマグカップが抱えているココアが揺れる様子を眺めながら「昔っからそうだけど」と添える彼の声に、今度は此方から溜息が零れる。小さい頃からのびのびと育てられ、友人にも恵まれている可能性の高い彼は気付いていないのかも知れない。
「だって、私が私でいられるのは快斗といる時だけだもん」
父も母も居ない今、他人を演じずに済むのは貴方の隣だけだと。
君は気付いてない。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 161人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：雪兎。 | 作成日時：2024年1月11日 23時
