File.2-10 ページ29
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「...って、話なんですけど」
同日、もう直ぐ日付が変わろうかという頃。
一度帰宅して準備してから再び出掛けたであろう快斗を追って、サブリナ宝物展が開催されている美術館前にやって来たのだが、怪盗キッド人気のお陰か野次馬の大洪水で賑わっている。そんな人混みを避けて街路樹の傍で電話を掛け、相手へ此処数日の経過報告を事務的に伝えれば返ってくるのは嬉しそうな声。
『やっぱり快斗は私達の子どもねー、良かったわ』
「そうですね、一人で充分やって行けると思いますよ」
彼が怪盗キッドを継ぐに至った経緯や、技術力や適応力に関しての所見を端的に伝えれば千影さんは実に楽しそうに笑う。息子が犯罪者の仲間入りを果たしたというのに、矢張り私の家庭と同じ様に黒羽家も一般家庭とは一線を画しているのだろう。
『そうねえ、でもAちゃんが居てくれるから、私も安心して羽を伸ばしていられるのよ』
此方は間も無く日付が変わる、というより今日も残すところ後数秒なのだが、千影さんは海外で暮らしている事もあって向こうは夕方らしい。夜からミュージカルを観覧しに行くという千影さんはカフェから電話しているのか、周囲の賑やかな音が聞こえてくる。穏やかに笑う千影さんに「お役に立てているなら何よりです」と苦笑していれば、突然発砲音が響き渡り、見上げていた美術館の中階層にあたる窓ガラスが砕け散る。ちゃんと防弾チョッキ着てるかなあ、なんて考えている耳元で『何だか賑やかねぇ』と呑気な声が聞こえてきた。
『そういえば、快斗とはどうなの?』
「えっと、多分仲良くしてます、よ...?」
何の前触れも無い銃声と割れた窓ガラスに、観衆のキッドコールが鳴り止み静寂の後に騒めきが訪れる中、呑気な電話をしているのは私位のものだろう。割れた窓ガラスから飛び出してきた気球付きのキッド人形が銃声と共に爆発する光景を見上げながら『その様子だと、快斗ったらまだなのね』なんて呆れてるのか怒っているのか、電話越しに聞こえてきた絶妙な声に苦笑する。
「盗一さんと比べたら駄目ですよ」
何回と聞かされた盗一さんと千影さんの馴れ初めは中々に刺激的な話だったが、その行動力とスマートさは他の人間に期待してはいけない。息子と言えど、盗一さんの紳士指数は並大抵では無いのだから。
それに特別羨ましい、とも思ってない。寧ろ高校生で上品な立ち振る舞いをしていたら怖いに違いない。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時