File.1-10 ページ14
「非常燈だ!非常燈を付けろ!」
暗闇の中で響いた中森警部の声に重なって、鼓膜を掠めた鋭い音。
警部の指示によって一斉に駆け出した警官の合間から見えたのは、室内中央に佇む展示ケースを横殴りに破壊する人影。スパナで堂々とガラスケースを叩き割った人物はその場で変装を解くと、窓ガラスを突き破り外へ飛び出して行く。
いや、良いと思う。
全く以て華麗さも優雅さも無かったが、人々が美化してくれる事だろう。それに彼は奇術師でも無ければ生まれつきの犯罪者でも無い。怪盗キッドを、黒羽盗一を支え続けてきた真面目な男性なのだから、怪盗の質を求めるのはお門違いだろう。
ただ、次からは如何にかしなければ。
なんて怪盗キッドの行く末を思案しつつ、窓から飛び出してダミー人形を下に落として屋上へと逃亡した彼を追う為に「ヤツはどこに消えたんだ!徹底的に探せ!」と叫ぶ中森警部を横目に、展示室を抜け出し非常階段を登って屋上を目指す。身体でガラスを割って外に出た後、命綱無しでビルの外壁をロープ一本で登って行ったようだが、何とも身体能力の高い60代だ。黒羽盗一の付き人だけでは無く、怪盗キッドの補佐を何処まで務めていたんだか。
奇術の助手というのも大変なものだ。
「親父は...泥棒、だったのか?」
螺旋状に続く階段を駆け昇った先、屋上へと出る扉に手を掛けた時。此処一年で聞き慣れた声が夜闇の静寂を割っていた。静かに扉に隙間を作り屋上へと身体を滑らせれば、怪盗キッドの衣装を見に纏った寺井さんと黒羽くんの姿。両膝を着いた寺井さんに黒羽くんが詰め寄っているという、正体を晒した上に真相まで露呈した後なのだろう。何処まで知られたかは分からないが、自分の父親が泥棒だったという事実は伝わったらしい。
もし、尊敬している父親が犯罪者だと知ったら、普通ならどう思うのだろう。傷付くのか失望するのか、将亦喜ぶのか。
私には分からない。
「答えてくれ、寺井ちゃん....答えるんだ!」
「詰問するには、時間が足りないんじゃない?」
警察官の制服、男の顔、男声の儘。扉に背を預け、腕を組んで傍観していた身体を動かす。唐突に沸いた人物に驚愕の視線を向ける黒羽くんと、人物の検討は付いているだろう慌てた様子の寺井さん。彼等へ一歩ずつ歩みを寄せながら、青い制服と在り来りな顔面を脱ぎ去る。
「積もる話は逃げ切ってから。ね?」
堅苦しい制服は、夜風に乗って舞っていく。
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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時