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File.1-9 ページ13

𓂃 𓈒𓏸*⋆ஐ




月の瞳。



小野銀行に展示されている宝石。時価四億という、大抵の人間の欲しいものは購入出来るような価格が付けられた品。



こういう仕事をしていると感覚が麻痺してくるらしく、石に何でそんな価値があるのか、人々がその石に何を求めているのか、石を見て何が楽しいのか、そんな事が分からなくなってくる。例えば親から譲り受けた思い出の品だとか、遥か昔の誰かが時間を掛けて描いた絵画だとか、繊細な作業で設えられた細かい装飾の何かだとか。然ういったものは理解出来ても、特定の個人が大切にしたい何かが詰まっている訳では無い宝石に価値を見出す事は、私には難しい。



だから、今夜怪盗キッドが目星を付けた宝石も、私からしてみれば興味は無い。



私にとって、私個人で価値を見付けるとすれば、たったひとつ。



開けてはならないその箱を。



手を伸ばしてはいけない人知を超えた彗星の呪い。それをこじ開けて、中身を見る前に粉々に砕いてしまう事だけが、私が宝石に見い出せる価値。



とまあ私の自論は扨置き、月の瞳とかいう宝石を怪盗キッドが狙うのは23時54分。何故そんな刻んだ時間にしたのかは定かでは無いが、獲物と時刻を明記した予告状程潔いものはない。その瞬間、確実にそれを盗み出すのだから、盗まれる側としては心の準備は万端であり対処も抜かり無い筈なのだから。だからこそ、其処から盗み出せたのなら手腕は確かなものという事になる。



それに、待つ方も苦労せずに済む。



「もう直ぐ予告の時間だ!各自、警戒態勢!」



当の小野銀行、展示室。



銀行裏口を巡回していた警察官から制服と顔、名前と声を拝借して警備の輪に紛れ込む。怪盗を追っている警察官達の筈が、変装の手を警戒しないとは不用心なのか将亦八年という月日が然うさせているのか。とは言え、此処一年はキャロルの子ども達が掻き回していた筈だが、成長が見られないのは些か悲しくもある。毎回痛い目に遭っているのだから学習すれば良いものを。



時計の秒針が規則的に微かな音を鳴らし、人々が一つの瞬間を待ち侘びて。



6、5、4...



展示室に犇めく警察官達も固唾を呑んで一層気を張っていく。



3、2.....



出入口付近に立った儘、小さく息を吐いてみる。



1...



それは、秒針が天を仰ぐと同時。



視界を遮る様に照明が落とされ、硝子が無惨にも砕け散る音が静寂と緊張を割いて暗闇に響いた。






.

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作者名:雪兎。 | 作成日時:2024年1月11日 23時

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