第60話 隣を歩く ページ10
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いつもは一人の帰り道。
だけど今日は右隣に君がいる。それだけで、浮き足立ってしまいます。
繋がれた右手が妙に汗ばむ。
一緒に帰るのは、何気に初めましてだから。
鉄くんはそれに気づいても、きっと涼しい顔をするんだろう。
『Aって意外とウブなのね』とかって、いつもの狡猾な笑みを浮かべてみせたりして。
想像すればするほど恥ずかしくなるから、黙って手を握りしめて、点滅する信号を見送った。
初めての部活とも、教室で会ってるのともまた別の距離感に、心臓が慌ただしく脈打っている。
「明日、何か課題出てたっけ」
「数学の練習問題くらいじゃない?鉄くんなら余裕だよ」
「ふっ、やっぱいいね。その、“鉄くん”っての」
「黒尾くんに戻そうか?」
「いーや、ダメ。戻したら俺、駄々こねて拗ねちゃうもんね」
「ふふっ、なにそれ」
鉄くんが悪戯っぽくおどけて見せる。
クスリと笑い返すと、『そっちこそ、今さら“A”に戻されんのイヤだろ?Aさんよ』と言って、私の頭のてっぺんにキスを落とした。
部活中、散々苗字で呼んでたのに。鉄くんの脳内からはバッチリその記憶が消えてるらしい。
「Aはす〜ぐ照れるから、今のうちに強制しとかねぇと」
「余計なお世話」
鉄くんの眼差しに、頬が染まる。
胸の中心が、やわらかい音を奏でながら、じわじわと熱を持つ。
心地よくて、少し苦しい。
クセになる甘い傷みが体をめぐった。
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作者名:pomme | 作成日時:2024年2月25日 22時