第５５話 やきもち ページ5
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キュッキュッと床とシューズがリズムよく擦れる音が、体育館の中に反響している。
私の知らない景色。
そこで黒尾くんは何年も、こうやって過ごして来たんだ。
彼の知らない部分を読み解くことは、全くもって意味のないこと。
それはよくわかっていた。
それでも、メモを取る手は勝手に止まって、目線は自動的に彼を追う始末だ。
黒尾くんの大きな手は、私の頭を撫でるためではなく、強固なブロックを決めるためにあるのだとかって、考えたりして。
そのとき、黒尾くんが私を呼んだ。
「新人マネちゃんに手伝ってほしいことがあります」
「なんですか」
他人行儀な黒尾くん。
仕方ないことなんだけど、毎回、微かに胸がきゅっと締め付けられるように痛む。
特別さはいらないから、いつもの黒尾くんが、あの飄々とした表情が、私を幾度となく惑わしてきたあなたが、恋しくなる。
こんなに近くにいるのに。
我慢の時間って、こんなに退屈なんだ。
黒尾くんがボールかごを自分の側に置く。
「やってもらいたいのは、スパイクの球出し。お手本見せるから、それと同じ感じで、頼むな」
「了解、です」
「こんな感じで、ボールをあの辺にっ……、投げる。やってみ？」
「……こっ、こう？」
「いーね。上手上手。さっすが、俺か見込んだだけある」
「ほんとに思ってる？それ」
「思ってるよ当然」
「感情ゼロじゃん。説得力ないよ」
「ふはっ、うそうそ、じょーだん。マジ、かなり即戦力になれるよ、A」
黒尾くんは楽しそうに笑ってる。
『ボールの持ち方はこっちの方がいいかも」って、私の手を包むように触れて、また笑う。
近くの席で過ごした今までが、一瞬で霞むような時間。
それはそれで悪くない。
ほんと、悪くないの。
ただ、黒尾くんと前の彼女の様子とか、余計なことを考えてしまう自分が悪いだけで。
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作者名：pomme | 作成日時：2024年2月25日 22時
