第十三回 ページ14
「Aちゃん、この教材運ぶのよろしくねー」
古典の辞典を十冊、教卓の上に置かれる。
「え、先生」
「優しい子には飴ちゃんをあげよう。四階の空き教室。頑張ってね」
ソーダ味の飴を一つ、手に握らせた後にひらひらと教室を出て行ってしまう。残ったのは分厚い辞典と虚しさ。
十冊は流石に重いし、二回に分けないと無理だよなあ……二度手間じゃん……。くそう、飴ちゃんは後で美味しくいただいてやる……。
ぶつぶつ脳内でぼやきながら、五冊ほど腕に抱える。あ、重い。腕プルプルしてるかも。
しかも順序を間違えて、教室のドアを先に開けるのを忘れていた。
私はため息をついて、どうにか引き戸に手をかけた時だった。
「うわ、っと」
「手伝う」
急に軽くなる手元。開いたドア。そして背後から聞こえる声。
「どうせ先生に頼まれたんやろ？飴は貰うわ」
「あ。いや、飴は良いんだけどさ。いいよ、一人でも」
「いいから、はよ行くで」
三冊の辞典を抱え直して、慌ててトントンの背中を追いかける。半分以上持ってもらい、なんだか申し訳ない気持ちになる。
「トントン、ありがと」
「どーいたしまして」
大したことないと言わんばかりに笑う顔に、胸の奥がきゅうと締まる。じわりと頬が熱くなって、勝手に口元が緩んだ。
「……どうかしたん？さっきから」
「は！いや、うん！なんでもないてす！」
「ふーん……」
危ない。どうやら私はあまりにもだらしない顔をしていたらしい。ずっと見ていたいけど、それは流石に気持ち悪がられてしまう。
(好きだなあ)
どうせこの気持ちは伝わってないし、伝わらない。私はただの幼馴染で、ここまでなんとなく続いてきただけ。グルちゃんも、オスマンも大先生も、ひとらんだってかっこよくなって、何度か女子に手紙をもらっているのを見かける。
私にはなにもない。女性としての魅力も、知性も。
だからこそ、このままで。隣にいられるだけで幸せだ。
「……なんちゅー顔してんねん」
「へ」
「さっきまでにやけてたのに、……なんか、泣きそうな顔してた、気がする」
「あ……」
私たちは既に空き教室に着いていた。やばい。完全に不意をつかれた。すごい近くに心配そうにしているトントンの顔がある。
「なんか悩みでもあるんか？」
「……」
「体調悪いん？熱？」
昔から変わらず私のことを心配してくれる。それの対象は誰に対してであってもだ。
「……んーん、なんでもないよ」
その優しさだけで、私は満たされるから。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 508人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
さとうきび(プロフ) - 天ーてんーさん» コメントありがとうございます！今回は作品の中で唯一の純愛モノになっているので、最後まで読んでいただけると幸いです！ (2019年3月27日 23時) (
レス) id: a9eb261853 (このIDを非表示/違反報告)
さとうきび(プロフ) - かっぷけーきさん» 一年越しのコメント返し、大変失礼しました。コメントありがとうございます！これからもどうぞご贔屓に、よろしくお願いします！ (2019年3月27日 23時) (レス) id: a9eb261853 (このIDを非表示/違反報告)
天ーてんー(プロフ) - 初めてコメントさして頂きます。天ーてんーです。いや〜ほんまもう....しんどい。うん、しんどいですわ。言葉で表現するのが難しいほどに好きです。更新頑張ってください！楽しみに待ちますので(*^^*) (2019年3月24日 19時) (レス) id: 0db831385a (このIDを非表示/違反報告)
かっぷけーき - こんにちは。「その娘、我々の狐と踊る」でもコメントさせて頂きました、かっぷけーきです。神秘的な空間とは打って変わって甘酸っぱい青春の感じ、本当にはまりました！これからもさとうきびさんの作品楽しみにしています！頑張ってください！ (2018年3月25日 12時) (レス) id: 7858810c59 (このIDを非表示/違反報告)
さとうきび(プロフ) - つさん» 少女漫画くらいの甘酸っぱさが出来ればなー、と思いながら更新しています。コメントありがとうございました！ (2018年2月23日 21時) (レス) id: d7a52c799a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
