指切り (ページ7)

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屋敷の門の辺りがざわめいている。父親は未だ本題を切り出さず、どうでもいい世間話を語り続ける。察しは付く、椿が、売られる。

クロは障子の前に立ち塞がる父親の肩に
おもいっきり己の肩を打ち付ける。
クロよりも上背が低い父親は呆気なく
部屋の奥の方に飛ばされた。

「こら、待て！火玄!!」

父親の怒号を無視して部屋を出る。
途中、幾人かの衛士に遭遇したが、
クロの眼中には入らない。ましてや、
経営の傾きによる安い給料でまともに
飯も食えていない輩など衝動に突き動か
されているクロの足下にも及ばない。

父の部屋は屋敷本体ではなく少し離れた
離れにある。どう考えても離れの方が
金がかかっている。今となってはとんだ
無駄金だが。離れと本館の間の渡り廊下に
累々と気を失った衛士が倒れ込んでいく。

クロの剣幕に怯みながら馴染みのある
中年の衛士が問う。

「火玄様、貴方は何故そこまで激昂されて
いるのですか！椿様をお売りになると
おっしゃったのは父君様ですよ!?
今まで火玄様が父君様に逆らわれた
ことなど無かったでしょ……うっ」

最後まで聞いてはいけないと思った。
クロはその衛士を殴り飛ばした。後悔など
微塵もない。

クロは走った。弟を、愛しの椿を引き留め
なければ。草履を突っ掛けて屋敷から出る。
初夏の陽射しがクロを射抜いた。

籠は既に発っていて、運び手の背中が小さく
見えるだけになっている。クロは屋敷の前の
赤土の道を全力で疾走する。先程から走り
続けて消耗しているからか、向かい風に
逆らえない、進めない。

足を止める。

「椿!!」と愛しい彼の名前を叫ぶ。

籠から椿が顔を出した。目を細めて様子を
窺うと椿は唇の形だけで「さよなら」と
言って見せた。

クロは狂ったように椿の名を叫び続けたが、
声が渇れる一方で椿が戻ってくることは
なかった。