指切り (ページ3)

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翌朝、クロが椿の部屋を後にして直ぐに椿は父親に呼び出された。

「椿です。」と、声を掛けると父親が障子を
開けて「入れ。」と言った。椿は抗わずに
父の部屋に入り、勧められた座布団に腰を下ろした。

父親はいきなり本題を切り出す。

「私の商売が傾いてな、飯を賄えなくなる
のも時間の問題だ。そこで提案なんだが
お前を京の花街に売ろうと思うんだ。」

クロが駆け込んで来たときから覚悟は
していたが、いざ言われたとなると…。
しかし、クロが幸せに暮らせるだけの金銭を
得られるのだとしたら腹を括るしかないのだ。

「……分かったよ。でも、一つ頼みがあるんだ
聞いていただけますか？」
「頼み？何だ？言ってみろ。」
「兄さんには手を出さないで。きっと僕が
売られる最中兄さんは暴れ回る。だけど
兄さんを傷つけないで。そして何より、
兄さんを幸せにしてよ、僕の分まで。」

父親は軽く流すように頷くだけだった。

＊＊＊

椿が父の部屋を出て右手に暫く歩くと
急ぎ足でこちらへ向かって来る人物と
正面衝突した。

「うわっ…。」
「すみませ…って…椿!?」

ぶつかった相手がクロだった事に椿は
安心した。クロに体を凭れさせると
押し隠してきた涙が零れそうになる。

気にしていない風を装って飄々とした態度で
父親の話を聞き答えしていたが、椿はまだ
子供だ。売り飛ばされるのが怖い、嫌だ、辛い｡
父親の言いなりになるしかないのが悔しい。
そして何より、最愛の兄と離れたくない。

目許をクロの胸に押し付けて涙を隠そうと
するも、この兄にはお見通しなようで、
自分より随分高い位置にあるクロの額が
肩に乗る。額が乗った所から震えが伝わり
クロも泣いているのだと解った。

「……兄さん、今日中に楽しい思い出を
作ろうよ。流石の父様も明日までは
待ってくれるっていうから｡」
「……おぅ……。」
「あっ、僕、寿司屋と甘味茶屋と…」
「食い物ばっかりじゃねぇかよ。」

クロはふっ、と笑って椿の言葉に被せるように
ツッコミを入れた。

二人は思い出だけでも生きて行ける
ような楽しみを探しに出掛けた。