焦がれの哀傷 ページ1
.
「ただいま」
玄関から聞こえた声が、あいつが帰宅したことを知らせている。じきに開けられたリビングのドアの隙間から、灰色の髪が見えた。
「おかえり」
学ランを脱ぎながら私の前に腰掛けた兄を、私は目で追いながら言った。テーブルに広げていた英語の課題と、咥えたアイスキャンディを交互に瞥した兄が大きく伸びをする。
高校3年生の兄は引退まであと少しの部活を今日も終えてきたところだ。あと数ヶ月もすれば大学受験があり、そしてそのまた数ヶ月後には兄は大学生になる。そう捉えると私と兄の歳の差は案外大きいのかもしれないと感じた。
「なに、課題？」
「そ、最後の追い込み」
かく言う私も兄より少し早い二ヶ月後に高校入試を控えている。私立単願の私は他よりも近く入試が迫っているのだ。英語が苦手な私は、学校で配られた文法をまとめたプリントを解いていたところだ。一問一問解いていくと理解はできるのに、いざ試験となると負けてしまう。英語のスキルも兄と同じように母譲りなら良かったのに、それ以外は卒なく出来るのに英語だけが出来ない私はいつもそう思う。
握ったシャープペンがプリントの上を滑らかに滑っていくさまを、兄は他に何をするでもなく眺めている。なんとなく居心地が悪くてシャープペンを置いた。
「気が散る」
「えーごめんごめん」
はは、と小さな笑いを漏らして兄の視線は空へと移った。
特別仲が良いわけでも、悪いわけでもない。だが喧嘩は今までに一度もしたことがなかった。それも全て兄が寛大な性格であるおかげだろう。大概のことは笑って許してしまうのだ。
「もうすぐだなぁ」
「そーだね」
味気のない淡白な会話も、普段通りに過ぎていく。途切れ途切れに聞こえてくる鼻歌だとか、たまにぶつかる足だとか、そんな小さな積み重ねが、いつしか私の中で大きな腫瘍になったのだろう。
私は、兄に恋をしている。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：灯彗 x他2人 | 作者ホームページ：
作成日時：2018年5月2日 22時
