over driver #漆 ページ29
病院という言葉から、僕はとある人物の顔を思い浮かべていた。
…ということは、Aさんは僕と入れ違いになるようだ。
「先生も、今は構内立ち入り禁止なんですか？」
「うん。今はね、もれなく禁止ですね。」
「研究、滞っちゃいますね。」
「そうなんだよね…自宅は床とか壁をホワイトボード化してないから不便で不便で。」
いつでも思いついたらすぐ計算できるように、研究室においては一部の床と壁をホワイトボード仕様にリフォームしてる。
閃いた瞬間場所を構わずペンを握って計算してしまうから、無理矢理リフォームされたというのが正しいのだが、これがすこぶる便利なのである。
「先生、いつも突然思い立ったところで計算始めますもんね(笑) パンドラが世紀の大発見の邪魔してる。」
Aさんが笑った。
その姿を眺めながら、キミの持つチカラを解明できれば世紀の大発見は間違いないよ、と思う。
残念ながら僕はまだ拝見すらできてないけど。いつ見れるのだろうか。
出来ることならば、そのチカラは何のためにもたらされたのかも知りたい。
スカスカの街並みとそこを歩くAさんを見て、ふと思った。
この星はもはやオーバードライブである。近代以降、搾取され過ぎで壊れる直前。
そんな時代にキミのそのチカラが現れたのは、何か関係あるのだろうか？
「────(笑)」
突然、僕を見て笑い出した。
「何？」
「…スミマセン。私と先生が並んで歩いてる姿を客観的に見直したら、急におかしくなって(笑)」
……ん？
「人気の無い渋谷に、真っ黒な服装のオンナとド派手なチェックのスーツ着てるオトコの並びって…」
確かに、漫才コンビみたいだ(笑)
「それを見てくれるギャラリーが居ないのが残念だね。」
「ホントですね。先生、スーツ暑くないんですか？」
5月の陽気は眩しい。
Aさんの髪が風に舞い、陽射しが乱反射のように飛び散る。
「実は、ちょっと暑いんだよね(笑)───それでは、僕はここで。」
「オツカレサマデス。」
Aさんはピョコリと頭を下げるとようやくキャンディーを再び咥え、そのまま真っ直ぐ駅の方に歩いていった。
僕は腕時計で時間を確認し、タクシーを捕まえた。
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作者名：羊羽
| 作成日時：2020年8月17日 10時
