手前まで【skz】 (ページ15)

今日:12 hit、昨日:4 hit、合計:33,715 hit

i.n? ページ15

「すきなんらもん…だいすきらったんらもん…」

回らない呂律で一生懸命しゃべるA
その言葉はすべてイエナに向けられたもので、俺にではない。

額にかかる前髪を直してやる。
こんなこと、イエナには何度もされているんだろうな、と寂しさがちくりと胸を刺す。
大将があきれたように俺を見た。

『リノくん、ちょっとAちゃんのこと酔わせすぎじゃない？
Aちゃんはリノくんの次にうちの常連なんだから、手加減してやってくれよ。』

『…そうですね、ちょっと飲ませすぎました。お会計お願いします。』

この居酒屋で一目惚れしたのはいつだったか。

すっかり酔ったAを腕に抱えて店をでる。
綺麗な満月、確か初めてAを見たのもこんな月の日だった。
よく飲みよく食べよく笑う。

ちょうどそのころ、イエナから彼女ができたって話をきいたばかりだったから俺もなんとなくそういうことを考えている頃で。

この人しかいないと思った。
心臓が高鳴って、声をかけたかったけれどその前に君が言ったんだ。

「聞いて、イエナと付き合うことになったの！」

正直、イエナのプレイボーイっぷりは仲間内でも有名だったからそう長く続かないと思っていたんだ。

でも予想に反して彼女は粘り強く、一途で、健気だった。

そんなところが益々気に入ってしまって

『Aはもらうよ、イエナ』

イエナが遊んでいてもそばにおいておくくらい彼女を気に入っているのは知っていた。
同棲まで始めて、一通り遊んだらプロポーズするなんて、真面目なのか不真面目なのかわからない律儀さを持っていることも知っていた。

だから俺にはこれっきりのチャンスしかないんだ。

もう逃がさない。

さっきからずっと着信が入っているAのスマホの電源を切って、俺は一人笑っていた。