S11 ページ11
食堂を抜け、午後練が始まる前に俺は1人、1番に体育館に足を運んでいた。
人がいなくなったしばらくの間で、体育館はすっかり冷えきってしまって、思わず身震いをする。
さっきまでよく半袖で練習してたな
静まり返ったこの場所は、俺の歩くシューズの音がよく響いた。
「…！」
ガチャ、と扉の開く音が鮮明に響き、落としていた視線をはっと上げる。
体育館の奥の、用具入れの扉の音だった。
そしてそこから寒そうに肩を竦めながら出てきた彼女は、確かにA。
練習中は結っていたその髪を、今は下ろして。
「…菅さん、早いですね」
こちらに気付いた彼女は澄んだその綺麗な声で俺を呼んだ。
俺は多分、彼女のひとつひとつの仕草に、見惚れていたと思う。
「あ、ああ…」
Aは青城のコートでタオルやビブスを準備すると、また寒そうに手と手を擦り合わせた。
俺といえば、無意識に彼女の方へ足を進めていて、無意識に名前を呼んでいた。
自分でも驚いてしまう、彼女を欲すような求めるような声が出て、Aに近付いたと同時に、Aの手をそっと掬った。
「っ…？」
冷えて氷のような指先が、俺の胸をちくりと刺激した。
儚くて、苦しい。我慢のできない感情が渦巻く自分の頭が、憎くて仕方なかった。
「ごめん。返事急かさないなんて嘘。おれっ…Aの答え聞きたいんだ」
カッコ悪い、ただ、それだけ。
「わ、私…」
きゅ、と少し震えた手で、俺の手を握った。
それだけで俺の素直すぎる心臓は、ドキドキと激しく高鳴る。
この空気の冷たさがやけに切なくて、Aのその次の言葉を待つのが、もどかしかった。
「私も、菅さんが好き」
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作者名：ちゃんきき | 作成日時：2018年5月6日 10時
