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「……Aちゃんは、俺と一緒になれて幸せかい？」
王子はAの髪を愛おしそうに撫で付けてその瞳を細めます。湖の水面をぼんやりと眺める人魚姫は心ここに在らずといった様子でそれに短く頷いただけでしたが、王子はそんなことは気にせずにこりと微笑んでいました。王子はこういう、Aの猫の様な気まぐれさが好きでした。
王子によって長さの整えられた芝の上へと降ろされたAは、その細い手を湖の水面へと伸ばします。ですが、それをすかさず捉えた王子にぱしり、と腕を掴まれて止められてしまいました。
「こら。危ないことはしちゃ駄目だって言ったでしょ」
「……っ」
王子は深海よりもずっと深い色をした瞳を真っ直ぐAに向け、口角を柔らかく上げて彼女のことを嗜めます。何処か作り物の様なその笑顔にAは背筋へと冷たいものが走ったような感覚に陥ってしまい、「ごめんなさい」と唇を動かし慌てて腕を引っ込めました。
風だけがさあさあとふたりの髪を揺らし、音を立てています。王子が愛玩動物に向ける様な優しい目でAの風に靡く髪の毛を指で梳かしてやっていた時。
「……そ、そ、その、そのこを」
気泡の弾ける様な音と共に、そんな声が聞こえました。Aと王子がバッと音のした方である湖の水面を見れば、そこにはブクブクと幾つもの泡が浮かび上がって弾け消えていっています。それを見たAが困惑したように口を開けたのに対し、珍しくその顔を険しくした王子は、なんと今までに聞いたことが無いくらい大きな声を出しました。
「君らには渡さないって言ったろ！」
その途端、水面に浮かぶ泡の数は更に増え、それどころか何かの影まで浮かび上がってきます。そして
あぁぁぁぁぁぁ、と水によって歪められた悲鳴が王子達の耳に届いて、次第にそれはゆっくりと消えていきます。誰も何も言わなくなり、辺りを緊迫した沈黙が包み込みました。
「……もう帰ろう。帰りは、俺が運んであげるから」
未だ固い顔をした王子はそれだけ言って短剣を懐へと戻し、Aをだき抱えて歩き始めます。呆然としたままの彼女は王子の体温を手繰り寄せるように彼を抱き締め返し、その胸元に擦り寄りました。
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作者ホームページ：なし 作成日時：2023年1月14日 18時
