【薬屋のひとりごと】夢幻泡影【短編集】 (ページ3)

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それからいくら経ったか。高順との会話もめっきり減った頃、その時は来た

「ただいま」

心なしかいつもより疲れの溜まった、でも美しい声で帰還を伝える。彼こそが壬氏だ。

「お帰りなさい」という高順の声が聞こえてから、書物から目を移さず挨拶をする。

目を見たり顔を見せたりしないのは、仕事で私をこき使った壬氏への小さな復讐

あの花弁のように。小さい小さい復讐なのだ。

「…A」

あまりにも寂しそうに名を呼ぶものだから、いつものように反応したくなるのをグッと堪え

できる限り冷たく、そっけない返事を溢した。

それから数秒時が過ぎた頃、バタン。と戸の閉まる大きな音がした

…流石に揶揄い過ぎたか、追いかけて謝罪を、と前を向くと、先程ここを出たはずの壬氏の顔があった。

戸の音は高順のものだったらしい。あまりにも顔が近いので、避けろという提案をするも却下された。

何がしたいのだろう、本当にわからない人だ。

『言いたいことがあるならハッキリ言うと良い、私は見つめられても分からんのだからな』

そう言うと、目を丸くしてから「お言葉に甘えて」と深呼吸をした壬氏。

思わず身構えたが、彼の言いたいことを聞くとそれは不要だったのだと悟った

「…すまなかった」

今度はこちらが目を丸くする。一体何に対する謝罪だと問う前に、壬氏が言う。

「今日の用事は外せなくてな、お前一人に色々と面倒ごとを引き受けてもらった」

『…』

少し可笑しくて私が笑うと、訳が分からないという顔をする壬氏。

『今日、仕事が片付かないと駄々を捏ねていたら、高順に“それが貴方の仕事だ”と言われたよ
　確かに正しい。これが私の仕事なのだから、謝罪はいらない。ただ、今日のは量が段違いだったぞ？』

「…そうか、悪かったな、量が多くて」

曇り気味だった壬氏の顔が明るくなったのを確認して、私も嬉しくなった。

業務机に座る壬氏を確認してから、自分の机に置いた花弁に心の中で話しかける

これからは、あの量の仕事をこなすことは無さそうだよ。