双子と司書さん【ハイキュー】 (ページ20)

今日:9 hit、昨日:0 hit、合計:3,339 hit

赤信号ページ20

侑くんが諦めた様子は微塵もなかった。
北村薫の言葉を出したことは失敗だったようだ。大いに納得のいく名言なので気に入っているが、彼には届かなかったらしい。

予鈴が鳴る。
それは彼との時間の終わりを告げるものだった。

「そういえば」

思い出したように口を開いた彼は、先程の話など忘れしまったかのように見えた。

「センセ、下の名前なんて言うん？」
「……言ってませんでしたか？」

素直に驚いた。が、言われてみれば最近自分の名前を口にした記憶はない。呼ばれた記憶もなかった。一人暮らしなので親には会わないし、名前で呼び合うような親しい友人もいないのだから仕方ない。

ここで名前を教えたら、
＿＿＿＿彼は、私をそう呼んでくれるのだろうか。

「……Aです」

遠慮がちに告げると、侑くんはその言葉を初めて聞いたように、「A」と繰り返した。

おかしな話だが、私はその時、生まれて初めて名前を呼ばれたような気がした。
もちろん実際はそんなことはない。親に呼ばれたこともあるし、クラスメイトにAちゃんなんて呼ばれてたこともある。馴れ馴れしい男とかにも呼ばれたことはある。

それでも。
彼が口にしたそれは、別の意味を持っているように聞こえて。

「名は体を表す、ってやつやなぁ」
「そんな難しい言葉知ってたんですね」
「馬鹿にしとるんか？」

茶化すように言えば、ムッとして返される。
こんなやり取りができるのはやはり、彼だけなのだろう。

「A先生」
「……何か」
「きれいな名前やな」

それだけ言って、侑くんは図書室を後にした。

私は、イカれている。
だって、おかしい。どうして、こんなこと、許されないはずなのに。
自分の胸に手を当てる。いつもより少しだけ速い鼓動に、嫌でも自覚してしまう。

ああ、駄目だ。何を考えているんだ。
本当に頭がおかしいんじゃないか。
こんなことあってはいけない。

侑くんの言葉に、ドキリとさせられたなんて。

彼が出て行ったのを確認すると、全身からどっと力が抜けた。
カウンターに手を置きしゃがみこむ。変な汗をかいているのは、夏のせいだと思いたい。

(……振り回されとる、)

どう考えても。
彼、ないし彼らを優位に立たせてはいけない。要注意人物として、胸に深く刻んでおこう。

＿＿＿＿明日も、侑くんはここに来るだろうか。