私の推しは冷めています。【桃】

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彼はゆっくりと私の方を見た。はじめてしっかりとお互いの顔を見た気がする。
　そして彼は言った。


「死ぬくらいなら、俺にハマってみない？ 人生変えてあげるよ」と。


　人生を変えてくれる？ この人が？ それは一体どうやって？ と訊きたかったけど、自信に溢れたその笑顔には無駄に説得力があって訊かなくても良いと思わせた。


「てかさっみーね。これじゃあ二人とも風邪引いちゃうわ。ちょっと待ってて」


　何かを思い立ちビューンと居なくなる。そして戻って来た彼の両手には缶が握られていて、「おしることコンポタどっちがいー？」と差し出される。


「……コーヒーとかじゃないんですね」
「にゃは、俺コーヒー飲めないもーん」
「そうなんだ。……あ、じゃあコンポタで」
「あい、どうぞ。これ飲んだら家に帰ろうね」
「……うん」


　ゆっくりと飲んだ。一人の夜は寂しくて、もう少しだけ彼に付き合ってほしくて。
　帰り際彼はもう一度念を押した。


「いーい？ もうヤケになっちゃダメだかんね？」
「…………」
「んもー、心配だなぁ。ね、明日の夜７時テレビ観てよ」


　ん？ なんで？


「必ずだよ。きっと君の人生変えてみせるから」
「……変わらなかったら？」
「そん時はそん時！」
「適当じゃん」
「適当でもいいんだよ。生きてればきっといい事あるわ」


　ついさっき会ったばかりの人と別れるのがちょっと寂しくて、しゅんとしている私の頭をポフポフと撫でて去っていく背中。
　見詰めていれば、くるりと振り返り大きく手を振っていた。



「……頑張ってみるか」


　人様に迷惑を掛けたんだ、少しだけ、もう少しだけ頑張ってみてもいいと彼の笑顔が私をそう思わせてくれた。


　

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