私の推しは冷めています。【桃】

episode1 私の人生、本日で終了致します。 ページ1

「は？ 今なんて言ったの？」


　目の前に居る彼は、到底これから私の両親に”娘さんと結婚させてください”と挨拶に行くように見えない。いつもはスーツで着飾りザ仕事の出来る男です感を全面に出す彼が、待ち合わせ時刻になっても来なくて１０分遅れで来たかと思えば「ごめん、今日無理だ」なんて言い出す。ちょっとコンビニに行くようなスウェット着で。


「え？ 用事、できたとか？」
「……いや、そうじゃなくて。ごめん、今回の事なかった事にしてほしい」


　なかったことにって、今日両親に挨拶に行く事を？ それとも結婚の約束そのものを？


「タ、カシ……」
「ごめん。結婚はできない。……俺なんて忘れて幸せになってくれ！！」
「ちょっ、はあああ！？」


　問い詰められるのが嫌なのか言うだけ言って彼は元来た道を走り去って行く。サンダルで躓きそうになっている彼に伸ばした手は虚しく風を掴む事しか出来なくて、突然の出来事に私はその場で３０分は固まっていた。






　やっと正常に脳が動くようになって、これからどうしようかと考えまずは両親にメッセージを送信した。「”急用ができたので今日は行けなくなりました”」これじゃあ業務連絡のようだ。ついでに「”改めて連絡致します”」とまで送っていた。これじゃあ何かあったなって察しの良い両親には直ぐにバレそう。
　
ああ、どうしよう…………


「とりあえず、帰ろう……」


　家に帰り彼にメッセージを送るも一切既読にはならず。電話を掛けても繋がらない。完全にブチってる。何も話す気はないって？ どうなってるのか、何かあったのなら相談してくれたって良いじゃない。私達６年も付き合ってるんだよ、こんな終わり方あんまりだ。
　その日は土曜日だった。彼とはこの土日連絡が取れないまま週末は終わり、目の下にできた巨大なクマを必死にメイクで隠して出社した月曜日。
　最悪な事は続くもので、電車は何故かいつもよりも人が多く感じたし油ギトギトなおじさんに挟まれちゃうし、押されるようにホームに出たらヒールが引っ掛かって折れた。そんなんだから遅刻ギリギリになって、息を乱しながらデスクにつけば何やら賑やかだったから隣の席の後輩君に「なにかあった？」と訊いた。


「ああ、横浜さん。婚約されたそうですよ！」
「……は？」


　いや、私一昨日振られたんですけど？

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