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「さてと、そろそろお開きにしようか」
「わ、もうこんな時間。って、巽さん、私も払います」
「良いよ良いよ、久しぶりに可愛い後輩と飲んだんだから」
「でも」
「じゃあ次の時は君にお願いしていいかな。向こうでもそうしてきただろ」
その言葉に懐かしいなと思う。
アメリカではあまり割り勘の文化が無くて、今日奢ってもらったら次の時は自分が払うようにして、何度も食事に行ったことを思い出す。二人きりのこともあれば、同じ部署のメンバーでわいわい出かけることもあった。
「ふふ、じゃあお言葉に甘えます」
その時、Aのバッグの中でスマホが音を立てた。
すみませんと断って画面を見れば、それは松本からだった。
『そろそろ帰るの？ 俺も一緒に帰っていい？』
(！？ え、どういう)
送られてきた内容に驚き、ハッとして店内を見回す。
ホテルのバーで、狭い場所じゃないからもしかしてと思い至る。
「どうしたの？」
「あ、いえ‥‥」
「送るよ、行こうか」
自然な動作で腕を取られたが、Aはそれをやんわりと外す。
巽が瞠目したが、一歩下がって「知り合いがいるみたいで‥‥すみません、ご無礼とは思いますがここで」と返す。
「知り合い？」
「はい、偶然だし久しぶりなのでそっちに顔を出してから帰ります」
「そうか、気を付けて」
詮索をしないところにほっとする。
巽との距離感はいつもこんなもので、Aとしては比較的付き合いやすい。
ただ一度だけそれをなくしてしまったことがあったけれど、Aの中ではそれは疾うに過去のことで、そもそも最初から選択肢にもなかったことだった。
「じゃあまた連絡をするよ。9月に職場で会うことを楽しみにしてる、おやすみ」
「ご馳走様でした、ありがとうございます」
じゃ、と手を振って去っていく背中を見送ってから、カウンターのスツールに座りなおす。
するとどこから現れた誰かが、すぐ隣に座る。
確認しなくてもすぐに解る、短期間で馴染んだ香水と、彼の匂い。
「上司イケメンだね」
「潤、いつから？ どこにいたの？」
「ん？ 友達がホテルで仕事の後暇だから飲もうって誘ってきて、来たら居るから俺がびっくりした」
カランと恐らくはウィスキーの入ったグラスを揺らした松本にAが首を傾げる。
「お友達は？ 良いの？」
「うん、もう終わった。それに‥‥」
つい、と向けられた視線が鋭い気がする。
思わず姿勢を正したAに松本が口を開いた。
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作者名：お塩
| 作成日時：2021年6月28日 2時
