in the summer３【J.M】 (ページ13)

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乗り換え気を付けてね。
なんて、小さな子供に教えるように優しく、Aの掌を撫でながら玄関で松本が呟いた。
自分の方が先に家を出るのに、どこかおいていかれた子供みたいな風情の下がった肩にAの胸が甘く疼いたのは、数時間前のこと。

松本に心配された通りに、解りやすくも複雑な乗り換えをなんとか超えて、九月から勤める本社ビルを見上げる。
緊張しないと言えば嘘になる。
いつだって新しい環境は色々なストレスを持ってくる。
それでも、生きていくには働かなければいけないし、幸いにもAは働くことが嫌いではなかった。

(まぁ今までが働き過ぎてたのよ、ほんと)

最近導入が進みつつある週休三日制とフレックス制を組み合わせて、Aが出勤するのは週の半分ほどだ。
それでもそれなりのポストを用意して待っている会社と上司には頭が上がりそうもない。

「すみません、14時に巽さんにアポを取っている小宮山と申します」

総合案内のカウンターに向かい受付嬢に声を掛けると、すぐさま丁寧な対応とともに内線を掛けた。
「巽はすぐに参ります。あちらのソファでお待ちください」
手のひらで示されたそこに座り、ほうと一息。
外の異常なまでの暑さが嘘のように、冷房がガンガン効いたビル内部に汗がだんだんと引いていくのを感じる。

(ふふ、こんな場所に居たら潤は寒くて不機嫌になりそう)

一緒に過ごして解ったことの一つに、松本の寒がり具合がある。
歳をとったからとかではなく、若いころから寒がりで、エアコンの設定温度が28度と聞いた時には驚いたし、Aは素直に「ごめん私25度」と告白した。それを聞いた松本が物凄く驚いていたのはちょっとよく判らない。
二人で過ごすときは間を取って26.5度という半端なところに落ち着いている。
寒くなったらAにあっためてもらうわ、なんて得意げに笑う顔が子供みたいだったなと思い出していると、声がかかった。

「Aくん、久しぶり。ようやく来たか」

「お久しぶりです巽さん、帰国の際は色々とありがとうございました。ようやく来られました」

Aを日本に呼び寄せた巽という男は40後半のチョイ悪親父と呼ぶに相応しい風貌をしていた。整った顔立ちと、汚らしく見えない程度の顎髭。年齢を感じさせないツーブロックは白髪交じりなのにそれすら格好良いと人気があることをAは知っている。

アメリカの大学に留学したAをそのまま向こうの親会社に誘ったのは彼である。