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「っていうか、この時間ケーキ屋さん開いてないですよね？」
時刻は土曜日の朝九時半過ぎ。流石に早過ぎなのではと思いつつ、カーポートから中庭に続く扉の鍵を開ける。
するりと入ってきたマツジュンさんは「うん、だよな」って苦笑しながら、中庭をぐるりと見まわした。
「ここ、ゆっくり見るの初めてかも」
「そうなんですか？ああでも確かに、他の皆さんもあんまり来ないです」
「ニノとか翔さんとかも？」
「はい。大体リビングかたまにアトリエかな‥‥お父さんたちがいたころは、お父さんたちの知り合いがここでお茶したりしてましたけど」
「ああ、そっか。今ここはAちゃんのお城だ」
「そんな大層なことできてないですけどね」
散水機の電源を入れて、自動で水が流れていく様を興味深そうに見つめているマツジュンさん。
その頭上から「あれー、なにしてんのー」ってお兄ちゃんの間延びした声が聴こえた。
「大野さんおはよ、散歩がてら来ちゃった」
「まつずんはうちが好きだなぁ」
「入り浸っちゃってごめんね」
なんて言い合って、マツジュンさんは「こっから入っても良いの？」ってリビングから地続きの窓を指さした。
「どうぞ。靴は玄関に持ってってください」
「そりゃ流石にね」
ケケって笑ってマツジュンさんは部屋の中に消えてった。たぶんアトリエに行くんだろう。
胸に手を当てて深呼吸。
思ったほど鼓動は高まらなかった。
思い違いなのかな。
あの日はちょっと私おかしかったのかな。
ぼんやり立ち尽くしていると洗濯機の終わる音が聞こえた。
急いで室内に入る私を、マツジュンさんがアトリエから見てたなんて知らなかった。
「あれ、お出かけ？受験生が余裕だな」
洗濯物を干して自室で支度をして、玄関で日焼け止めを塗りたくっている私を、ちょうど階段を降りてきたマツジュンさんが発見してしまう。
しまった、バレないように出かけようと思ったのに。
「たまには息抜きです。一応志望校の判定はいい感じですから」
「足元すくわれないように」
「それ先生が言うことですか？‥‥帰ってきたら勉強はします」
プイっとそっぽを向く私を、マツジュンさんの柔らかい苦笑が包む。
「ごめんごめん。っていうかAちゃんに先生ってここで呼ばれたの初めてだな」
「休日まで先生と一緒とかゴメンです」
「まぁね。で、どこ行くの」
「ええと」
口ごもる。
言いたくないの、なんとなくだけど。
それなのに。
「海だよ」
なんでバラすかなお兄ちゃん。
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作者名：お塩
| 作成日時：2021年6月7日 0時
