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梅雨に入った最初の週末は、梅雨だって言うのに晴れていた。
毎年こんなもんだよねぇって天気予報を見ながらお兄ちゃんと笑い合う。
こういうやり取りなら全然普通。
きっとお兄ちゃんはいつも普通。
私の方で勝手にスイッチが入っちゃって遠ざけちゃう。
そのたびにお兄ちゃんが寂しそうにしているのを知っているのに。
「洗濯物干したら出かけてくるね」
「どこ行くの」
「‥‥息抜きに自転車で」
「ああ、海？」
「うん」
「気を付けてよ、車にも人にも日差しにも」
「うん。お兄ちゃんはとりあえず洗濯物出しちゃって。三階に貯めてない？」
「うっ」
目が泳いだのを見逃さない。
「お兄ちゃん？」
「えっと、待って取ってくるわ」
「なるはやで！」
「へいっ」
そう言って小走りでリビングを出て階段を昇っていく足音に笑ってしまった。
多分掘り出し物のタオルとかあるんだろうなぁと思う。
洗濯機を回している間に温室に向かう。
梅雨でも晴れれば六月の日差しはきついものがあって、温室の中の気温はヤバいことになるので長居はできない。
お父さんが生前記していたノートを頼りに、私がこの温室の植物たちの世話を始めてから六年。
最初の頃はダメにしてしまった子たちもいて、そのたびに悔しくて悲しくて泣いていたのも今じゃいい思い出になっている。
「おはよう、今日もきれいだね」
お父さんが毎日そう言って温室に入っていたのを思い出す。
お母さんがそれを楽しそうに見つめていたのを思い出す。
この場所は、物理的な温度だけじゃなくてあったかい。
ふと顔を上げると、アトリエからお兄ちゃんがこっちを見降ろしていた。
なんとなく、手を振ってみる。
途端、お兄ちゃんがふんわり笑った。驚くほどやさしい柔らかい笑みだった。
知らず、私の口元も綻んでいた。
ああなんだ、こんなに簡単だったのかって、胸が切なくてあたたかくなった。
「Aちゃん」
「っ！！びっっくりした‥‥マツジュンさん‥‥」
突然名前を呼ばれて振り向けば、カーポートの柵の向こうにスタイルの良い男の人が佇んでいた。
それはいつも通りの週末を告げる、マツジュンさんだった。
「ごめんそんなに驚くとは思わなくって」
「おはようございます。あれ、車は」
「車検でさ、代車あるけどなんか今日は天気良いからバスと徒歩で」
「えっ。暑くなかったですか」
「うん、だから今日はケーキないけど」
「‥‥フフッ、別にそんなの良いです」
申し訳なさそうな顔に思わず吹き出してしまった。
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作者名：お塩
| 作成日時：2021年6月7日 0時
