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「とりあえず、帰ろう」
差し出された手を取る気がしなくて、「うん」とだけ言って横に並ぶ。
怪訝な顔をした潤がそれ以上何も言わずに歩きだしたからほっとすると同時に、胸が切なくなった。
きゅうって目頭が熱くなるから、零れそうな涙をグッとこらえて夜空を見上げた。
「A、全部話すから聞いて。ちゃんと最初から、話すから」
潤の声は硬く、緊張を纏っている。
「茜とはなんでもない。アイツはただの幼馴染だから、ずっと」
「‥‥」
「さっきのは、アイツ最近翔さんとよくケンカしてて、それで落ち込んでて話聞いてたんだよ」
そう言えば夏休みに入る前にも櫻井くんがそんなこと言ってたなって思い出す。
だけど、ただの幼馴染が抱き合うのかな。そういう慰め方ってあるのかな。
「抱きしめてたのは確かに傍から見たらだめなんだって解ってるけど、俺と茜幼稚園から一緒だからもう兄妹みたいな感じで」
「兄妹だって抱き合わないよ」
「‥‥ごめん、アイツすっごい泣いてたから」
「泣いてたら抱きしめるんだ？‥‥そりゃ好きな子に泣かれたら抱きしめるよね」
「は？」
「いいよもう、潤、無理しないで」
「なに、何の話？なに言ってんの」
潤の声がグッと低くなる。さっきまでのどこか穏やかな声音はどこかへ消え去ってしまった。
私たちの間にまた緊張が走る。潤の雰囲気がピリリと怖いものに変わるのを感じながら、その圧に負けないように声を出す。
だけど、潤から始めたこのいびつな関係を終わらせるのは私の役目だ。
「別れよう潤」
「‥‥はぁ！？」
「私こんな関係嫌だもん。お互い好きでもないのに、こんな」
「――は？」
「っ、え、潤？」
一言。腹の底から唸る様に零れ落ちた潤の声は聴いたことがないもので。
瞬間、ぐっと腕を掴まれて私の返事なんて待たずにズンズン歩き出す足は、いつもよりもずっと速い。
ついていくのに必死でもつれるように駆け足になる私を潤の冷たい声が切り裂いていく。
「どういうつもりだよ」
「ずっとAが何考えてんのかわかんねーとこあったけど」
「なんだよそれ」
「お互い好きじゃないって」
「お前、好きじゃない男に抱かれてたのかよ」
刹那、震えた声に胸が締め付けられた。
潤の足が止まる。
気が付けばそこは潤の家の前だった。
振り返った潤の瞳が怒りに燃えているのに、薄く揺らめく水の膜が見えてしまった。
「潤‥‥」
「入って。ちゃんと家に帰すから」
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作者名：お塩
| 作成日時：2021年5月28日 16時
