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「近いってこういう時良いね」
「だなー。家で全部できるの羨ましい」
「なんなら涼しい室内で花火でしょ、いいなー！」
「まぁでも俺は祭りの雰囲気楽しみたいけど」
「それもわかる」
松本くんとはそんなに話したことがあるわけじゃないけど、こうやって並んで歩くと私の歩幅に合わせてくれてるっぽいし、話もちゃんと続く。
モテるわけだよ、って感想しか浮かばないイケメンはすごいな。
夏の終わりの、まだまだしつこい暑さ。
夜でも30度あるようなそんな日に。
夜空はちょこっとだけ星が見えて、時々吹き抜ける風が気持ちよかった。
「あーちょっとお茶飲む」
買ってきた一本を開けて、足を止める。
道の端に寄ってお茶を飲んでいると、松本くんが笑った。
「え、なに」
「ううんニノの言ったとおりだと思って」
「なんて言ってたの」
「Aさんは歩いて飲み物飲めないって。絶対止まるって」
「‥‥うるさいな、零れちゃうんだよ！」
なんだか恥ずかしい秘密を暴露された気分になる。
別に隠してるわけじゃないけどさ！歩いてると揺れるし零れるし嫌なんだもん。
「Aさん、クチが小さいんだよ」
ふっと。
暗がりの中で、一段と私の目の前が暗くなった。
えっと思う間もなく、唇に熱。
知らない感触。
瞬きの音が聴こえそうなほどの至近距離で、閉じた瞼が震えている。
きれいな二重、意志の強い大きな黒い瞳が、私を見つめて。
「Aさん、俺と付き合って」
信じられない言葉とともに、もう一度落とされた唇に、私の手から蓋の空いたペットボトルが転がり落ちる。
一回目よりも長く、時折食むように動く唇に、どうしていいか判らなくなって松本くんにしがみついた。
足元にいびつな水たまりを作ったペットボトルを、松本くんが拾って、汚れを確認して蓋を閉めて、「これ俺のね」って笑ってくれた。
私は、今の一連の出来事が理解できなくて、呆然と突っ立ってた。
「あのね、今日俺の誕生日なの」
「え、え、そう、なの？お、おめでとう？」
「うん、だから。勇気出してみた」
そう言って笑った顔が、私を見ているわけじゃないと気付いた。
瞳が、笑ってないってことにも、気付いた。
端正な顔に、影が落ちて、知らない男の人に見えて。
なんとなく。本当になんとなく。
振り返ったら、びっくりした顔をしている櫻井くんとあかねちゃんがいた。
私たちの間を、今夜一番強い風が吹き抜けていった。
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作者名：お塩
| 作成日時：2021年5月28日 16時
