不機嫌の理由 ページ2
「‥‥‥」
松本は自分でも判るほど仏頂面をしていた。
眉間にぐっと力が入っているのも、口元がぐっと曲がっているのも、ちゃんと解っている。
もうすぐ収録だからこの刻み込まれたような不機嫌を消さなければと思うのに、真っ暗な画面のスマホに苛立ちが募る。
(‥‥全っ然連絡くれねーんだけどあの人‥)
この間一緒に食事をしたとき、あんなに恥ずかしい思いをしあって少しだけ知り合えた気がしたというのに、終わってみればなしのつぶて。
芸能人相手に気が引けているのかもしれないが、掛けてきてとわざわざメモを残したのに。
(‥‥ちゃんと俺、メモ入れたよな。まさかあの人気づかずに捨てたとか‥‥いやいや‥‥)
もう何度も繰り返した問答で、結局同じところに行き着く。
(‥‥いや有り得る気がする‥！)
そして思い出す。まだたった二回しか会っていない、しかもそのうちの一回は自分が完全に前後不覚になっていたところを助けてくれた、女性の顔を。
ほんの三週間ほど前のこと。
ドラマ収録がクランクアップし、打ち上げがあった夜。
だんだん春が近づく初春のやけにあたたかい陽気に浮かされて、ついでに収録がきついドラマでもあったことだから解放感もあって、必要以上に飲んで飲んで。タクシーを、という声に笑顔で手を振って不用心にも歩き出した後の記憶が、あまりない。
あんな風に前後不覚になるなどありえないのに。
気がつけば見知らぬ女性がペットボトルの蓋を開けてくれていた。
華奢なのにしっかりした指だなぁなんて思いながら、差し出された水の冷たさにどろどろと渦巻いた吐き気と気持ち悪さがちょっとだけ流れて行った気がした、あの夜。
(小宮山、A‥‥Aさん‥)
真夜中で寒かっただろうに上着もストールも貸してくれて、仕事で疲れ切ってると言うわりにすっきりと伸びた姿勢が格好良かった。
酩酊状態だった酔っ払いの言葉を拾い上げて、芸能人である松本の写真を撮ることも無く、いちいち大仰にしないで、こちらの事情を汲んで動く――その姿はもはや必殺仕事人だと松本に思わせた。
二宮にもマネージャーにもこってり叱られたあと。
帰宅して、オフだから何もせずに寝て起きて、それから脱ぎ散らかした服の中の見覚えのないストールに松本が気づいたのがその日の夕方。
汚してしまったコートの弁償は固辞されてしまったが、きっとこっちだって必要だよな。よし。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 176人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
お塩(プロフ) - ゆぃさん» ゆぃさん、一気読み疲れないですか？今後どんどん長くなる上に、どんどん何なのこの人たちってなるので(笑)ありがとうございますー！ (2021年10月3日 19時) (
レス) id: c86e5730cc (このIDを非表示/違反報告)
ゆぃ(プロフ) - 小出しもいいけど、一気に読めると尚嬉しいから 一気に出しても大丈夫ですよ~♪ (2021年10月3日 13時) (レス) @page29 id: 7a81be16ec (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：お塩
| 作成日時：2021年9月29日 1時
