推しは人生。 (ページ1)

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「七瀬さん、この後時間空いている？」

取引先との会食、という名の懇親会が終わり、解散の合図のもと肩の力が抜けかけていたわたしの背筋が再び伸びる。

『このあと…。』

「あ、予定があるなら全然。」

お父さん…と呼ぶにはまだもう少し若いその人、取引先の営業課長の清水さんが戸惑うわたしの雰囲気を察知したのか、嫌な顔ひとつせず爽やかに微笑む。

どうしよう…と狼狽えていると、清水さんの背中越しに一緒に参加していた同期が焦ったような顔でわたしに何か伝えている。

“ 行ってこい ”

うわぁ…
顔に出ないように必死に唇を噛み締め、必死に目尻を細める。

『……いえ、何も、ないです。』

わたしがそう答えるとホッとした表情を見せる同期と、「よかった」と微笑む清水さん。

「では私たちはこの辺で」と清水さんが残っている同僚や取引先の方に挨拶を告げると、「行こうか」とつぶやく。

わたしはまだ知らない。

今日という日が、わたしにとって忘れられない運命になろうとは。