「（こっちの気も知らないで）」 ページ5
蔵馬は付き合いの長さがものをいうのか、もう随分と前から、私の幽助への想いを悟られていたようだった。
先程の酎のように明言されたことは、一度もない。でも幽助が螢子と痴話喧嘩始めたりとか、なんとなく寄り添っていたりとか。そんな時私がそっと視線を外したり、フェードアウトしたりすると、いつの間にやら蔵馬が横にいる、それに気付いたのはもうけっこう前のことだ。
他愛のない話をして、ちょっと笑って、そして最後に「慰めてあげましょうか」に行き着く。最早テンプレ化している。
「私、あんたのこと好きになればよかったなぁ」
「また、それ？」
「えー」
「そんな気ないくせに」
本気だよぉ半分くらい。
なんて冗談を、程よく筋肉の乗った胸板に額を押しつけて言う。その間、蔵馬の大きな手が、私の背を、子を寝かしつけるかのようなリズムでとんとん跳ねる。私は、その背中に手は回さない。それはなんだか、違う気がするから。上手く言えないけど。
ギシ。
湿ったような。乾いたような。そんな私達の空間に、異質な音が割り込んでくる。
「…あ。えっと、」
閉じていた目を開けてみるとそこには。
確かに宴会場で馬鹿騒ぎをしていた筈の、そして今このタイミングでここに来るだなんてまったく以て予想だにしていなかった、
「ゆ、うす、…っ」
幽助が。そこにいたのだ。
何故。どうして。なんで。あんたがいるの。来たの。
ぐるぐるぐる、思考が回る。
ついでに視界がぼすん、という音と共に暗転する。
「どうかした？幽助」
「いや、A、」
「つまみ切れたのなら後で持ってくよ」
だからあちらに帰ってください。と、聞こえた気がしたのは、あれ？気のせい？
蔵馬は声音こそいつもの柔和なものだけど、どこか有無を言わさない何かを感じさせる。
そして私は。後頭部に手を添えられ、蔵馬の胸に顔を押し付けられている。正に抱きしめられているかのような、というか、まぁそんな格好になっていた。
「や、その。Aの様子が変だった気がしたから見に来ただけ、っつーか。いや…いいや。邪魔した。わりぃ」
え、え？ええ？
あれこれあれじゃない？何かたぶん、ひゃくぱー、勘違いしてるやつでしょ。ちょ、待て幽助！戻ってこい！こら！
その前に蔵馬、離して。
全部口に出して言っている。でも、蔵馬の腕は、胸板は、ビクともしなかった。驚くほどに。全く私の力では敵わなかった。
「（もういっそ俺を見ればいいのに）」→←「（どうせ迷惑かけて、とか思ってるんでしょ？）」
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作者名：uru | 作成日時：2020年5月18日 0時
