きみのうまれたひ ページ35
うつせんせいのばあい
車が止まるブレーキの音で目が覚める。ぼんやりと周りを見渡せばバックミラーに普段しないような化粧とお洒落をしている自分が目に入った。
「おはよう、Aちゃん」
少し鼻にかかった高めの声。目だけ横に動かすと丁度煙草に火をつけている鬱先生が目に入った。
「やっぱキャスうめえわ。Aちゃんも吸う？」
小さく首を振って否定の意を示すと、別に気にした様子もなくそっか、と煙をくゆらせた。
鬱先生と私は知り合いじゃない。でも、今は幼なじみだった。支離滅裂だ。私が一方的に知っているだけなのに。
ああ、やっぱりこれも、
「Aちゃんそんな顔せんといてや。夢でも現実でも楽しい事は楽しいで」
「……」
心配そうに私の方を覗き込んだ後、鬱先生は車のキーを抜いてドアを開けた。そのまま反対側ーーー私の方へ来るとドアを開けてくれる。
「あり、がとう…ございます」
「今は俺らは幼なじみやで〜」
「……ありがとう」
気づかない内に繋がれた手に引かれ、知らない街並みを歩いていく。さっき朝ご飯を食べたばかりような気がしたが、空の端には夕暮れの赤色が見えた。
「なあAちゃん、ここで生きへん？」
鋭い風が私たちの間を通り抜ける。煽られて揺れる前髪で鬱先生の顔は見えなかったけれど、似合わない締まった口元から真剣さがひしひしと伝わってきた。
「夢は偽物だし、終わっちゃうもん」
「終わるまではええ気分やで。人生もいつかは終わるし」
「終わりがわかってる幸せは欲しくないの」
「Aちゃんは僕と幸せになるの嫌なん？」
「それとこれとは話が違う」
「…どうしたら、残ってくれるん？」
「……どうしようもないよ」
「そうかもしれへんな。」
「執着するなんて珍しいね」
「あんたがそう望んどるんちゃうの？」
「…それだったら、罪なやつだね」
夕闇に飲み込まれた街並みを、街灯の橙がともり照らし出していく。
「まあええよ。最後に俺もAちゃんにヒントあげるわ」
「…ありがとう。」
「手見てみ？」
ぱっと手を見ると、さっきオスマンと絡めた指が目に入った。
「…？」
「今まで見てきたやつらの服装は思い出せる？」
ゾムさんはクリーパーカーツナギ、トントンはソ連の軍服、オスマンも軍服にトルコ帽、だったはず。
「じゃ、僕の服装はわかるよね？」
息が詰まる、
読み取れない、
「早よ答えてや、これがきみの思う夢ならわかるはずやで？」
私は悲鳴をあげた。
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