駆けていた ページ20
「別れよか」
一言、そう告げればよいのにそれができなくてまた今日を迎えている。
「ゾムさんいってらっしゃい、気をつけてね。」
「いってくるわ、明日朝には帰るから。」
にこ、と玄関先で笑う彼女を背に、静かにポケットの中の凶器を握りしめた。
「ちっすちっす」
至極まっとうなサラリーマンのようにスーツで真夜中の会社へ入り、誰もいないオフィスで配布された書類を確認する。
この書類作ってんのは誰なんやろなあと考えつつ会社御用達の配送用車に乗り込んだ。
「お、エミさんやん」
「あ、ゾムさん！ってことは今日はドンパチですか？」
「いーや、今日は普通に暗殺」
「普通に暗殺っておもろいですね、普通に暗殺、あはは」
「…」
「あっすんません…」
前を向いていた顔があまりに心配そうにこちらを振り向くので少し笑ってしまった。彼はその様子を見るとほっとため息をつく。
「最近ゾムさん元気ないから心配なんですよ」
「ん？俺は普通に元気やで？」
「…思い違いならええんですけど」
タイヤの擦れる音が響いて、目的地付近で止まる。エンジニアブーツの締まりを確認し外へ出ると、閉まる直前のドアの隙間から声が響いた。
「…もし、逃げる必要があったらいつでも運転手になりますんで、3流でよければですけど」
「今日も頑張ってください」
バタン、とドアが閉まって車はすぐに走り去って行った。
彼の言った「逃げる」はきっとこの任務の事ではないのだろう。3流とは言っているが彼の運転技術は経験が活きていて高い。どこか遠くまで逃げおおせる事は可能だろう。
「ありがとな、エミさん」
でも、逃げた先は？
次の稼ぎ口はどうするのか。会社の影に怯えながら暮らすのか。
彼女を守れるのか。
「ここで守る！って言い切れたらかっこええんやけどな」
口で手榴弾のピンを引き抜き、部屋に放り込む。閉じたドアの向こうから破裂音をバックに呻き声が歌った。
「人って簡単に死んでまうからなあ」
それは自分も例外ではない。
そして、彼女も。
「ちぃぃーーーーっす」
半ば八つ当たりのように眠っている目標の胴体を切り裂くと、血管に当たったのか返り血が服にベッタリとついた。
帰る前に洗っとかなかんなあ、彼女にばれたらあかんしなあ、
ばれる以前にいつ別れるつもりなん？
ぐ、と胃に内側から嫌な痛みが走る。
それを振り払って自分の内の声に耳を塞ぐと、用の無くなった建物を後にした。
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