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「ふぅ。」

何時間おったのか。地下の事務所では時間の感覚が鈍る。

「どうした?やっと会えたのに、そんな顔するな。」

帰り支度をして廊下を歩いていると、ボスの声が聞こえてきた。

「なぁ、何が食べたい?」

事務所には無数の監視カメラが付いている。めったに人と会話を交わすことはないのに、いやに甘えたような声に驚いて足を止めた。

ふと目に入ったのは、ボスが相手の頬を恐ろしく優しい手つきで撫でる瞬間。

(え…)

その相手は男。そして…

「やめてください。」

「なんや、やっと喋ってくれたな。」

「…」

「そんな顔するな。」

もう一度、ボスは優しくそいつの頭を撫でた。肩を抱こうと伸ばした腕は、相手に振り払われる。それでもデレた顔を隠しもせず、後を追いかけるように出ていった。

「おい。」

「ひぃ!!」

「フッ、お前、スパイ失格やな。でっかい声出して。」

白く透けるような肌で、陶器みたいな繊細な見た目。そこには横山さんがいたずらっ子のような表情を浮かべ立っていた。

「あんなボス見たないな。」

「…」

「ちょっと付き合えよ。」

二人で事務所を出る。無言のまま車でしばらく走り、高級クラブのバーで向き合った。

「まぁ、そういうことや。」

混乱し、動揺している俺の様子を、横山さんは相変わらず面白そうに眺めてる。

「随分昔からやで。あのボスが、監視カメラいっぱいの事務所でデレるくらいにマルに没頭してる。」

「…」

「お坊ちゃまには刺激が強かったか?マルを手に入れるために城島財閥は財産の半分を使ったって言われてる。」

「は?」

「まぁ、それは冗談やろうけど。」

「横山さん、なんでそんなに?」

「昔、マルの教育係をしてた。」

「教育係?横山さんが?」

「そ。あいつ、敵国のスパイやってん。」

「え!?」

マルは敵国に駒として使われ捨てられた。多くを語らんから、過去のことは横山さんもあまり知らないらしい。

「きっつい尋問されて虫の息やったところに、最後の尋問官としてボスが呼ばれた。けど、マルは何も答えへんかったらしい。」

得られる情報がなければそのまま葬られるのがスパイ。でもボスは大金を払ってマルを引き受け、新たにこの国のスパイとして育てた。

「それは…」

「恐ろしいことやで?何も白状してない敵国のスパイを雇うなんて。今かてボスがやられるかもしれへんし、全部の情報が漏れてるかもしれへん。」

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作者名:orange | 作成日時:2023年12月29日 23時

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