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「お前は、本当に気持ちの優しい子だよ。自慢の息子だ。」
「優しくなんか…」
「お前がしてきた苦労を考えると、こんな風に成長してくれたのは奇跡としか言いようがないよ。…紗也のおかげだな。」
「え?」
「紗也は…本当に私のこともお前のことも愛してくれていた。お前の中に紗也がいるのは間違いないよ。」
思わず胸に手を当てる。
「紗也は本当にお前を可愛がってね。毎日毎日、お前がどうしたこうしたと話していたよ。」
「父さん…」
「はぁ…すまないな。お前には唯一の母親なのに、私の我が儘であまり話をしてやれなかった。」
「…これから、また聞かせてください。」
「ああ。そうするよ。」
僕のことを愛してくれていた母さんのこと。じんわりと胸が熱くなる。そっと背中にふれる忠義の手。…幸せやねんな、僕。
「しかし…どうしたものか。まず2人には今のあいつのことを聞いてもらうのが先だと思っているが…。」
「なにかあるんですか?」
「いや…酷い状態でね…」
「酷い?」
「ん…」
「父さん?」
「そうだな…話しておかないと…いきなり面会するなんて恐ろしい…」
「お父さん…」
「忠義くん、きみにも辛い話だよ。」
「…はい。」
「犯人は捕まって以来、ずっと夢と現実の間を行ったり来たりしてる。取り調べをしていても心ここにあらず。うわ言でずっと隆平の名前を呟いているらしい。」
「…」
「もう半年くらいその状態だ。刑務所に入ってから、お前の名前を大声で叫んだり、お前と背丈の似てるやつを抱きしめたり…」
「なにそれ…」
気持ち悪いわ…。ほんまに気持ち悪い。隣の忠義は手をきつく握って歯を食い縛ってる。
「忠義…」
手をそっと重ねると少し力が緩んだ。
「続けて大丈夫か?」
「うん。」
「個室に移されたんだが…そうなるとお前のこと想いながら暇があったら自分を慰めて、あまりにもそれが酷いから隔離と監視。精神科にもかけて対応してるけど、何も変わらないらしい。」
「…」
「お前への想いが振り切れてしまったんだ。紗也ではなくお前の名前。捜査がなかなか進んでいないのはそのせいだよ。」
「そう…。父さんも…こんな話させてごめんな…僕…ウッ…ごめ…」
「隆平?お父さんっ!トイレどこですかっ!」
「こっちだ!」
「隆平、立てるか?」
気持ち悪い…あかん…気持ち悪い!忠義に支えられてトイレについたら便器を抱え込む。
「ごめん…こんな…汚い…」
「大丈夫。口濯ごう。おいで。」
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作者名:orange | 作成日時:2021年3月14日 20時