見せない涙 (ページ11)

今日:25 hit、昨日:7 hit、合計:5,210 hit

真摯な眼差しページ11

絶対絶命。誰もがそう思った、その時。踊り場の窓から、不思議な香りをした白い煙が漂って来た。ワインの様なくらくらする甘い匂い。霞む視界の中でハッとして、顔を上げると。先程は誰も居なかったはずの窓辺に、ゆったりと青年が腰を掛けて此方を見て居た。優し気な微笑み。しかし、何処か怪し気な雰囲気を纏い色気さを感じさせる。それは、青年が口元に加えているパイプがそう感じさせるのかも知れない。

「こんばんは」
「シャイロック！」
「いけない人。カインと2人で無茶して……。空を飛ぶのもやっとだったでしょう」
「だって、ファウスト先生が……」
「分かって居ますよ。後は、私達に任せなさい」

顔色が悪く青褪めた表情のヒースクリフの頬を優しく撫でて、青年は、ヒースクリフの肩越しから私へ向けて微笑んだ。

「初めまして。賢者様。私は、西の魔法使い。シャイロック」
「……」

ヒースクリフとカイン同様。彼も魔法使いなのか。ぼんやりした表情で、シャイロックを眺める。そんな、私へシャイロックは上品な微笑み。艶めいた仕草でパイプを咥える。

「ま、魔法使いがまた増えた！」
「ひ、怯むな！『大いなる厄災』との戦いで、力を使い切ってる筈だ……！」

怯み始めた兵士達は向けて、シャイロックは一言も口を開く事はなく。ふうとパイプの煙を口から吐き出した。すると、白い煙がぷかぷかと辺りを漂い始めて先程香って居た。甘い匂いが部屋中へ広がり始める。匂いを嗅いだ兵士達は、まるでお酒で酔った様に、急にふらつき始めた。

「ふふ……。あれれ……？なんか、楽しくなって来たぞ……」
「へへ……。暖かそうなベッドだ……。もう寝ちゃおう……」

息を吐く暇もなく兵士達はご機嫌な表情で床へ倒れ込んで行く。甘い煙の源を吐き出すシャイロックは、長い足を組み直して。ゆっくりと艶やかな唇からパイプを離した。

「いい夢を」

兵士達が倒れ込んだ後。慌てた様子でカインが階段上から駆け寄って来た。

「シャイロック、助かった！」
「貸しにしておきますよ。今度、一杯ご馳走して下さいね」
「一杯と言わず、一晩付き合うさ。賢者様。行きましょう」

カインから手を伸ばされて、私は思わず。カインの手を避けてしまった。そんな、私へカインは。草臥れた様子も見せずに、優しい表情で真摯に頷く。

「ああ……。悪かった。賢者様は異界からやって来るんだよな。じゃあ、あんたは何も知らない訳だ。何も知らないのに、ついて来いと言われても困るよな。……ええっと……」