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『そうやって、自分のこと安売りしない方がいいですよ』
「ふふ、そうだよね」
『いやほんとに』
「…まぁ、わかんないけど。とにかく今日だけは、くるまの好きなようにしてくれていいよ。お客様感謝デーみたいな感じで?」
ベッドに腰かけているAさんが大きく両手を広げた。
『そんなこと言ったら、』
「いいよ、今までのお礼。」
“今までの”
終わりを感じさせるその言葉に、胸が痛い。
薄暗闇の向こうでAさんが微笑む。
その笑顔に救われた夜が、何度もあった。
『…じゃあ、“直樹”って、呼んでください』
今までに見たどの瞬間よりも、Aさんの表情があまりにもやさしかった。
「…直樹、」
その声を聞いたとき突然何かが弾けた気がして、気づいたらAさんに深い口づけを落としていた。
強いアルコールの香りに包まれながら、Aさんを抱きしめる。
『どこにもいかないでください』
「今日はもう、どこにもいかないよ」
『うん、いかないでください』
自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、何もわからなかった。
ただ、そこにいるAさんを強く抱きしめて、絶対に離さないと思った。
『Aさん、』
「うん」
『俺、Aさん以上の人には、もう一生出会えないです』
「出会えるよ」
『俺のことなんにも知らないくせに』
もうAさんと元の関係に戻ることはできないという事実に、なぜか少し安心する。
これ以上好きになってしまうことが、他の何より怖かった。
激しく雨が窓を叩きつける音。
もう一度、唇を重ねた。
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キスと、抱擁だけだった。
ただ強く抱きしめて私を離そうとしなかった。
決して身体を求めることはなく、それに一番愛情を感じて苦しかった。
とても、私のことを大切に思ってくれていた。
「あー、もう朝になっちゃいましたね」
『ねぇ、朝の情報番組見ようよ』
「ジャンルで言う人はじめてなんだけど。チャンネルまで指定してくださいよ」
『チャンネルは何でもいいけど』
「…うっわ、ちょっと待って」
『え、なに?』
「Aさん、めちゃくちゃ顔むくんでる」
『マジか、嫌いになった?』
「大好き」
『嘘つけ』
「これがほんとなんだよなぁ」
「俺、Aさん以上の人には、もう出会えないと思う」
私だって、こんなに愛されること、もう二度とないかもしれない。
そうわかっているのに。
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ぐり - 初めまして!雰囲気が好きですべて一気読みさせてもらいました🥹マユリカ阪本さんのお話読みたいです。時間がありましたらぜひお願いします(^^)v (5月11日 13時) (レス) id: 0e2050f731 (このIDを非表示/違反報告)
とこ(プロフ) - いつもにやにやしながら読ませて頂いてます! リクエストなのですが、ヤーレンズの出井さんのお話お願いできませんでしょうか??哀さんのペースで大丈夫なのでよろしくお願い致します! (2023年4月22日 22時) (レス) id: 6bae7fb429 (このIDを非表示/違反報告)
まゆゆん - 哀さん» こちらこそありがとうございました!素敵なお話でした✨ (2023年4月9日 11時) (レス) @page42 id: 4336aaf71d (このIDを非表示/違反報告)
哀(プロフ) - まゆゆんさん» リクエストをいただいていた多田さんのお話を公開しました。コメントを読み違えてしまい、彼女設定ではありません。申し訳ございません🙇🏻♂️リクエストありがとうございました! (2023年4月9日 9時) (レス) id: 8ce96fbb9e (このIDを非表示/違反報告)
P-398(プロフ) - リクエストです!D.Shibaさんの恋人だった主人公が事故で亡くなってしまう話を(死ネタ不可でなければ)お願いします! (2023年3月17日 17時) (レス) id: 2cc94b219c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:哀 | 作成日時:2022年5月5日 10時