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会計を済ませ、Aさんに肩を貸して外に出る。夜の冷たい空気をめいっぱい吸い込んで、大きく息を吐いた。
ゆるいスピードで走ってきたタクシーを捕まえて、なんとかAさんと一緒に乗り込んだ。
「お客さん、どこまで行きますか?」
場違いに明るい声で尋ねられた。
『えーっと、とりあえず渋谷駅まで行ってもらって…駅からは、道、伝えるんで』
「わかりました」
窓の外を眺める。
いくら寒くても、夜の渋谷に人通りは絶えない。仕事帰りの人、寄り道する学生、手を繋いで歩く男女。
俺とAさんは、一体何なんだろう。
2人でよく飲みには行くけど、買い物とか映画とかそういうデートらしいことをしたことはない。もちろん、手を繋いだこともない。俺が一方的に好きなだけで、Aさんは別にそうじゃない。たぶんAさんには他に大切な人がいて、俺はその人には勝てない。Aさんは面倒見がいいから、俺みたいな“よく飲みに行く後輩”なんていっぱいいて、俺1人いなくたって何も変わらないんだろう。まぁそりゃ、人生そんなうまくいかないよな、ってわかっていてもすこし期待してしまうのは、たぶんAさんが優しすぎるから。あと、俺の諦めが悪いから。
「彼女さんですか?」
ミラー越しにデリカシーのない笑みが向けられる。
『あー、そうだったらいいんですけどね笑』
運転手は気まずそうな表情を浮かべると、すぐに前を向いた。
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部屋にひとつしかないベッドにAさんを寝かせて、自分の馬鹿らしさに呆れる。
自分がこんなことをやってのける人間だとは思っていなかった。
思いたくなかった。
いつもは1人きりで過ごしている部屋に、今日は2人。
部屋の電気はつけないままで冷蔵庫を探って、今あるお酒の中で一番アルコール度数が高いレモンサワーを取り出す。
心地よさそうに寝ているAさんを見ながらそれを流し込むと、罪悪感がすこし薄れた気がした。
『…白雪姫みたい』
綺麗な顔で横たわるAさんはまるで毒林檎を食べてしまった白雪姫みたいで、永遠に目を覚ましてくれないような気がした。
物語の中だと、王子様のキスで白雪姫は目を覚ます。でも、俺は王子様にはなれない。こんなことをするやつが、なれるわけない。
王子様じゃない俺はただ、Aさんの寝ているベッドにもたれかかって酒をあおることしかできなかった。
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ぐり - 初めまして!雰囲気が好きですべて一気読みさせてもらいました🥹マユリカ阪本さんのお話読みたいです。時間がありましたらぜひお願いします(^^)v (5月11日 13時) (レス) id: 0e2050f731 (このIDを非表示/違反報告)
とこ(プロフ) - いつもにやにやしながら読ませて頂いてます! リクエストなのですが、ヤーレンズの出井さんのお話お願いできませんでしょうか??哀さんのペースで大丈夫なのでよろしくお願い致します! (2023年4月22日 22時) (レス) id: 6bae7fb429 (このIDを非表示/違反報告)
まゆゆん - 哀さん» こちらこそありがとうございました!素敵なお話でした✨ (2023年4月9日 11時) (レス) @page42 id: 4336aaf71d (このIDを非表示/違反報告)
哀(プロフ) - まゆゆんさん» リクエストをいただいていた多田さんのお話を公開しました。コメントを読み違えてしまい、彼女設定ではありません。申し訳ございません🙇🏻♂️リクエストありがとうございました! (2023年4月9日 9時) (レス) id: 8ce96fbb9e (このIDを非表示/違反報告)
P-398(プロフ) - リクエストです!D.Shibaさんの恋人だった主人公が事故で亡くなってしまう話を(死ネタ不可でなければ)お願いします! (2023年3月17日 17時) (レス) id: 2cc94b219c (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:哀 | 作成日時:2022年5月5日 10時