正直者 ページ7
·
櫻「無理やりご飯に連れてこられたと思ったら傷心中ですか」
『傷心…っていうか、ちょっとショックやっただけで』
櫻「ちょっとショックやっただけじゃ先輩を強制連行したりせえへんよ」
ゆずるさんの様子から、川西さんに何かが起こったことは明らかだった。しかも、恋愛関係の。
出番が終わった後も落ち着かなくて、直帰しようとしていた櫻井さんを、ワケも言わずに大衆居酒屋へ連れてきたのだった。
櫻「でも、確実な情報じゃないんやろ?」
『…まぁそうなんですけど』
櫻「そんな不確かなことでここまで悩むとか、ほんまに」
何度も言われて、その度に否定してきた言葉。
櫻「川西さんのこと好きやな」
『…好きじゃないです』
今日も、まるで流れ作業のように否定する。
櫻「まぁいっつもそう言うし、今日もそう言うんやろうと思ったけど」
お酒がダメなその人は、ウーロン茶を飲みながら諭すように話した。
櫻「ずっと自分に嘘つくん、しんどない?」
その言葉が、深く胸に突き刺さる。
“自分に正直に生きなさい。”というのは聞き慣れた一文だが、どうもその通りに生きられる気がしなかった。
憧れは憧れのまま終わらせなければいけない。憧れの域を越えてしまったら、私は私のままではいられない。そう思って、何回も自分を押し殺してきた、気がする。
これは“嘘”だったのか。
だとしたら、私はどうしようもない大嘘つきだ。
『だって、私なんかが好きになっていい相手じゃないから』
自分の発した声が思った以上にか細くて、震えていて、驚いた。
これが、何回も押し殺した代償なのかもしれない。
“自分に正直に”は、私にはあまりに難しかった。
櫻「…恋愛にはそんな詳しくないけど」
さっきより幾分か柔らかくなった声。
櫻「好きになったらあかん相手なんて、おらんと思うよ」
優しい人だ、と思った。
櫻「好きなら好きでええやん。俺は、Aのその気持ちを無理に押し殺す必要はないと思う。叶わない相手やったとしても、好きやから嬉しい、好きやから悲しい、っていう感情は、きっと良い経験になるんちゃうかな。それに、自分で自分を認めるだけでも、だいぶ楽になると思うで」
しっかりと考えながら話してくれるその人の言葉に、視界が開けた気がして、でも、その視界はすぐにぼやけた。
自分が泣いていることに気づいて、慌てる。
櫻「ほら、好きなんやん」
『…そう、ですね笑』
大好きだった。
·
166人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:哀 | 作成日時:2022年1月26日 11時