02.きゅうけつき ページ2
椿に声をかけられて、ピタリと破片を拾う手を止めた女が俯いていた顔を上げる。
朱色の瞳が、椿の血のように紅い目をひたと捉えた。
『なに…？』
それはとても小さくて、今にも消え入りそうな、か細い静かな声だった。
「君は何？」
その問いかけに、彼女はまたゆるゆると視線を落とすと、休めていた手を動かし破片を拾う作業を再開させる。
そして膝に陶器の欠片を集めながら、静かに言葉を紡いだ。
『私の名前は、A……私が何なのかと訊かれても……あなたが理解できるように、説明できる答えは… 思い付かない……』
「……」
妙にゆっくりと喋りにくそうに話すのは、ただ返答に困っているせいか、それとも元来こういう話し方なのか。
『……あなたは…？』
「……僕の名前は椿。吸血鬼なんだ」
『…………きゅうけつき…？』
Aはようやく粗方の破片を集め終えたようで、前のめりに傾けていた上体を起こすと再び椿を見て言った。
『きゅうけつきってなぁに…？』
「……え？」
首を傾げるAに、椿は眉根を寄せる。
吸血鬼とは何か。
そこに説明を求められたのは初めてだ。
『……どういう字を書くの？』
「字？」
字って……もしかせずとも漢字のことを言っているのだろうか。
「……吸う、に血液の血、に鬼だよ。血を吸う鬼、吸血鬼」
『……あなたがそうなの？』
「そうだけど……君は吸血鬼を一度も聞いたことがないの？」
『ないわ……それは、今の世の中は、知っているのが普通なの？ 一般常識？』
「……」
今度はこちらが返答に困る番だった。
吸血鬼を知らない。
そんなことがあるなんて考えもしなかった。
『……私は、』
黙り込んでしまった椿に何を思ったのか、Aが先に口を開いた。
『私はもう、だいぶ長いことずっとここにいたから… 外のことは全然、わからなくなっているの……この神社にはもう、人がいないようだし……』
「……」
『……この人、着ている物とか髪の色とか変わっているわよね……初めて見た……』
「……君いつの人間？」
思い出したように傍らで転がる男を見やって感慨深そうに言うAへ、椿は再び訊ねた。
彼女は和服を着た椿よりも、極一般的な洋服の彼が気になるらしい。
『……』
２つ目の問いに対して、また少し考えるように沈黙したAは、やがて椿にこう答えた。
『……なんて言えば通じるのか……何百年… ひょっとすると、1000年以上は封印されていたのよね、私』
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作者名：きー | 作成日時：2017年5月8日 3時
