ページ5
Aはしどろもどろになった。緊張で肺が苦しかった。
｢あの…｣
丁度渡り廊下の真ん中、二人は向かい合っている。
窓から差し込む日がやけに眩しく、凍った地面がきらきらと輝いていた。
｢君の絵を、描かせてほしい｣
｢僕を…なんで｣
梅野は完全に予想外、といった様子で訊いてきた。それはそうだろう。
とっさに嘘が出た。
｢美術部の課題で、誰かの絵を描かなきゃいけなくて…でも、親しい人はダメで、誰かに声をかけて描かせてもらわなきゃいけないんだ。俺だけ、まだ描き終わってなくて｣
我ながらおかしな話だった。信じてもらえる訳がない。
｢ふうん｣
梅野は意外な言葉を寄越した。
｢それ、どこ かに飾ったりする？｣
｢え…いや。しない｣
｢ならいいよ｣
｢えっ｣
｢明日の放課後でいい？｣
｢うん｣
｢2組の前にいるね｣
｢あ、うん。ありがとう…｣
梅野はそれ以上どうこ う言う気はないようで、さっさと行ってしまった。
｢……｣
Aはしばらく呆然と立っていた。あまりに話がトントン拍子に進み、あっけにとられていたのだ。
｢あ｣
(そういえば、名乗るのを忘れていた)
よく名前も知らないやつの頼みを聞いてくれたなと、今さら思った。
#
まばらにしか人がいない美術室は、相変わらず静かである。
｢おっ｣
｢よう、部長｣
梅野を連れて入ってきたAを見て、三島は小さくグッドサインをしてみせた。
Aは微笑んで三島に視線を返し、一番奥の席まで梅野を連れていった。
｢座って｣
すとん、と梅野は椅子に座った。Aはキャンバスをイーゼルにセットしてから、梅野の向かいに座った。
改めて、梅野の顔を正面から見据えた。
目の前に彼が居るだけで、身体が歓びに震えるのが解る。
──神様、俺はなんて恵まれた芸術家なのでしょう！
…などと自惚れるほどに。
(綺麗だ)
どこか憂いを帯びた、うるみがちの大きな瞳。長い睫毛はきれいに伸びていて、涙袋は彼の視線に甘くて優しげな色を帯びさせていた。細くとおった鼻筋は女性的で、整った唇は熟れた桃の実のような色合いだ。
(嗚呼、なんて…)
Aは恍惚の溜め息と共に、鉛筆を手にした。
自身の荒い呼気と、鉛筆を走らせる音がやけに耳につく。
Aは夢中で手を動かし続けた。
すばやく大まかな顔のパーツの位置と陰影をつけていく。慎重かつ大胆に、思うがままに、見たままに。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 76人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「男主」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
天泣tenkyu(プロフ) - 読みやすい わかりやすい 面白い 、の三拍子ですね！笑めちゃくちゃ読むの楽しくて一気に全部読んでしまいましたぁ…… (2018年10月11日 20時) (
レス) id: daeb79a243 (このIDを非表示/違反報告)
ミオ(金欠）(プロフ) - 面白かったです。お疲れさまでした！ (2018年2月26日 5時) (レス) id: f13eb61b67 (このIDを非表示/違反報告)
ゆき - 面白いのに、勿体無いと思います。 (2018年1月21日 11時) (レス) id: 581099bb6b (このIDを非表示/違反報告)
ゆき - 読みづらい。 (2018年1月21日 11時) (レス) id: 581099bb6b (このIDを非表示/違反報告)
小梅 - めっっっちゃおもろいです!!二人が再会できて良かったです!!更新頑張ってください!!q(^-^q) (2017年12月27日 17時) (携帯から) (レス) id: 76f089da6a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ぺぺこ | 作成日時：2017年10月30日 0時
